『フォト・ストーリー 英国の幽霊伝説』シャーン・エヴァンズ
●今回の書評担当者●中目黒ブックセンター 佐藤亜希子
新刊案内のFAXが送られてきた日からずっと、発売を心待ちにしていた。実物を手にしてもいないのに、次の「横丁カフェ」はこの本について書こうと固く心に誓った。面白くなかったら? 想像と全く違うものだったら? 不思議とそんな不安は抱かなかった。きっと一目惚れとは、いや、運命の出会いとはこういうものなのかもしれない。
と、興奮しながらいそいそと『フォト・ストーリー 英国の幽霊伝説 ナショナル・トラストの建物と怪奇現象』(原書房)を差し出すと、決まって"またか"という顔をされる。解せぬ。
前書きによると、本書は"ナショナル・トラスト(=歴史的建築物の保護を目的として、英国で設立されたボランティア団体)の管理下にある歴史的重要性を持つ特徴的な建造物や美しい自然に関連する古い物語を記録する目的でスタートし、そこから徐々に発展したもの"とある。古い民間伝承を収集しようと始めたはずが、インタビューを重ねる内に彼ら自身が体験した奇妙な出来事について語ってもらうという、"ユニークな口述歴史プロジェクト"へと変わっていったとのこと。なんのこっちゃ一見よくわからないが、要するにこの一冊に、英国のナショナル・トラストが所有する土地にまつわる幽霊伝説や神話に加え、スタッフが実際に体験した、理論的に説明のつかない、なんとも不可解な出来事がまとめられているのである。
しかし、これはあくまで"記録"であり、読者を怖がらせようとして書かれたものではない。夜遅くにヴィクトリア朝時代の格好をした紳士の姿を見かけたけれど、すぐに消えてしまったとか、邸宅の廊下にかけられている家系図の樹の先にいつからか首から上のない女性の姿が「育ち」始めたとか(とても見に行きたい)、そういった話がサイモン・マースデンの作品を始めとした、友人たちが口を揃えて「なんかこわい」と言う写真たちと共に延々と続くものの、怯えさせることを目的とはしていない、はずだ。
確かに本書で紹介されている話にはゾッとするものも多い。だが、そう思うのとは逆に読んでいると何故か温かみを感じるのだ。これは、著者の(もしくは英国に住む方々の)幽霊に対する意識の違いなのではないかと思う。幽霊と言われると、どうしても恐れるべき対象、私たちとは全くの別物と考えてしまうが、幽霊とは迷える魂ではなく、古い時代の「記録」だという説もあるらしい。今は亡き者たちが生きていた頃の強烈な体験、拭い去ることのできない感情が土地や建物に焼き付けられ、残る。たとえ、その身が滅びたとしても。一瞬垣間見たそれらを幽霊と呼ぶならば、それはその誰かが生きていた証でもある。そう考えると、著者が取材相手に対し、"「自分たちの」幽霊にある程度の誇りと尊敬の念をもって接しているように思えた"のも、私が紹介された話を読んでぬくもりに似たものを感じたのもわかるような気がするのだ。
だから、本書を読めば幽霊譚と聞いただけで拒否反応を起こす方でも、あーこういう見方もあるのねーと怪談への抵抗をほんの僅かでも和らげてもらえるのではないかと隙さえあれば人に薦めているのだが、表紙を見ただけで「ムリ」と言われる。せちがらい世の中だなぁと思う。
- 『蜘蛛』遠藤周作 (2015年1月15日更新)
- 『怪奇小説という題名の怪奇小説』都筑道夫 (2014年12月11日更新)
- 『名探偵カッレくん』アストリッド・リンドグレーン (2014年11月13日更新)
- 中目黒ブックセンター 佐藤亜希子
- 自他共に認める熱しやすく冷めやすい鉄人間(メンタルの脆さは豆腐以下)。人でも遊びでも興味をもつとす ぐのめりこむものの、周囲が認知し始めた頃には飽きていることもしばしば。だが、何故か奈良と古代魚と怪奇小説への愛は冷めない。書店勤務も6年目にな り、音響専門学校を卒業してから職を転々としていた時期を思い返しては私も成長したもんだなと自画自賛する日々を送っている。もふもふしたものと チョコを与えておけば大体ご機嫌。