『怪奇文学大山脈Ⅱ』荒俣宏
●今回の書評担当者●中目黒ブックセンター 佐藤亜希子
一世一代というにはあまりにも公言しまくっているし、親しくさせていただいている方たちからすればなにを今さらと鼻で笑われかねない告白をすると、東京創元社が好きだ。この横丁カフェでも東京創元社作品をどこかで紹介しようと当然のように意気込んでいた。けれど、まだ書けていない。取り上げたい作品が多すぎて決められないのだ。
残すところ、今回を入れてあと2回。ウダウダ言ってる場合ではないが、やっぱり決められない。締切も近い。近すぎる。こうなったら、本で足の踏み場がなくなった壊滅的に汚い我が家で、最も発見の早かった作品について書こうと、いろいろと失礼な方法で決めることにした。結果、なによりも先に見つかったのが、荒俣宏氏編纂の『怪奇文学大山脈Ⅱ 西洋近代名作選【20世紀革新篇】』だった。これまた方々から、またですかと声が聞こえてきそうだが、嘘偽りない結果だ。まざまざと浮かぶいくつもの苦笑はしかと受け止めよう。
『怪奇文学大山脈』は全3巻からなる怪奇幻想文学アンソロジーである。初訳作品が多数収録されているというだけでも怪奇小説スキーの心をくすぐるには充分なのだが、このアンソロジー、ただのアンソロジーではない。怪奇幻想文学の翻訳・編集・解説執筆に携わり、"日本オカルト界にこの人あり"と謳われる荒俣宏氏による、怪奇文学の詳細な変遷、作品(というよりも作家)解説が惜しみなく綴られ、3冊読み終わったあとには、口先ばかりの自分でもいっぱしの怪奇好きになれたのではないかという気にさせられる、怪奇文学の教科書のようなシリーズなのだ。
今回、紹介する2巻目は、怪奇小説黄金期を代表する名手たちの作品が多数掲載されているとあって、発売前からそわそわしていたのだが、実際読んでみて、それ以上に私の心を鷲掴みにしたのは怪奇文学が定着し、世界へと拡散していく時代について書かれた、まえがきとは呼べない長さのまえがきだった。
今ではごく普通に使われている怪奇小説という呼び名はどのように普及したのか、太平洋戦争後、怪奇文学はどう受容され、拡散されていったのか、海外怪奇作品の紹介者として重要な人物である江戸川乱歩氏や平井呈一氏の偉業など、ほうほうと何度も頷かされ、読んでいる内に否が応でも胸が熱くなる。そこで待っていたと言わんばかりに、時代に沿った選りすぐりの作品群が姿を現し始めるのだから、夢中になるなと言うほうが無理な話である。このまえがきのあとに、平井呈一氏が「翻譯ではじめて原稿料を稼いだ」というA・E・コッパードの『シルヴァ・サアカス』を読んで興奮しない人間がいるものか。いるわけがない、と思っていたい。
これで満足するどころか、次を求めたくなる一冊だ。元々好きだったものが辿ってきた歴史を知ることで、更なる愛着と知識欲が湧いてくる。この時代に生まれた作品をもっと読みたい。もっと見聞を広げたい。未熟な己を恥じると同時に、まだまだ知ることのできる喜びに打ち震えずにはいられない。
なるほど、人はこうやって沼の深みへと落ちていくものなのだろう。そう、刀男子のゲームにはまり、うっかり日本刀の本を買ってしまった私のように。
- 『フォト・ストーリー 英国の幽霊伝説』シャーン・エヴァンズ (2015年2月12日更新)
- 『蜘蛛』遠藤周作 (2015年1月15日更新)
- 『怪奇小説という題名の怪奇小説』都筑道夫 (2014年12月11日更新)
- 中目黒ブックセンター 佐藤亜希子
- 自他共に認める熱しやすく冷めやすい鉄人間(メンタルの脆さは豆腐以下)。人でも遊びでも興味をもつとす ぐのめりこむものの、周囲が認知し始めた頃には飽きていることもしばしば。だが、何故か奈良と古代魚と怪奇小説への愛は冷めない。書店勤務も6年目にな り、音響専門学校を卒業してから職を転々としていた時期を思い返しては私も成長したもんだなと自画自賛する日々を送っている。もふもふしたものと チョコを与えておけば大体ご機嫌。