『リライブ』法条遥
●今回の書評担当者●中目黒ブックセンター 佐藤亜希子
外食をするとき、ここに載っている食べ物に不味いものはないと思いながらメニューを眺める。金銭のやり取りを前提として提供される以上、調理した方でも経営している方でも少なくとも誰かひとりはその料理を美味しいと感じた人間がいるはずで、もし自分の口に合わなかったとしても、それはただ単に嗜好が違うというだけの話に過ぎない。
本だって同じだ。作者でも編集者でも、制作に携わった人たちの誰かが面白いと感じたから、価格がつけられ、売物として店頭に並ぶ。書評家が、書店員が推薦した本を手に取って、いまいちだったと感じても、それは薦めた相手との好みがちょっと合わなかっただけで、作品自体が悪いわけでは決してない。万人が面白いと感じる作品などない(あるならめちゃくちゃ売る)。だが、誰の琴線にも触れない作品もないのだ。
開き直った極論だとは思うが、こう考えでもしなければ、私のような小心者は自分が読んでいいなと思った作品のポップも作れないし、面白かったという一言すら口にできなくなる。
こんな言い訳を己に言い聞かせながら1年間担当させていただいた横丁カフェも今回が最後。ラストは法条遥さんの『リライブ』(ハヤカワ文庫JA)をご紹介しようと思う。
『リライブ』は2012年4月に刊行された『リライト』から始まり、『リビジョン』、『リアクト』と続く、私的通称"リ□□□シリーズ"の完結巻になる。なので、ぜひ『リライト』からどうぞ。
シリーズ一作目の『リライト』の帯には、当初"史上最悪のパラドックス"とでかでかと書かれていた、ような気がする。ほほー、史上最悪とはこれいかに、という気持ちと、イラストレーターのusiさんが描かれた表紙イラストに惹かれ手に取ったら、これがどっぷりはまった。1992年夏、未来からやってきたという少年・保彦と出会った中学2年の美雪は、ある事故から彼を救うため、10年後の未来へと飛んだ。だが、実際に訪れたそのときに過去の自分は現れない。原因を調べていくうちに、美雪は記憶と現実の違いに気づいていき......、というのが『リライト』の大まかなあらすじである。行ったり来たりする過去と現実に何度もページを遡りながら、それでも人に説明するのは難しいだろうといった理解度なのだが、ページを逆行する行為すら没頭し、夢中になって読み切り、史上かどうかはSF未熟者の私には判断できないにしても、確かに最悪な結末に全身に鳥肌が立った。
続く『リビジョン』は、1992年秋、未来を視ることができる手鏡を持つ千秋霞という女性が、一週間後に死亡するという息子を救うために、未来の改竄を試みる。その過程で、『リライト』で起こったある事故の原因が判明し、改竄という禁忌を犯した彼女はやはり悲惨な結末を迎えることになる。
報われないエンディングが続く中、三作目『リアクト』にて物語は急激に加速し始める。西暦3000年からきたタイムパトロールの少女・ホタルが『リライト』で起こった出来事の真相へと近づいていくのだが、ここで一作目に抱いた読後感が少しずつ変わり始める。
そして、完結作『リライブ』で、転生し続ける女性・国枝小霧の結婚式にて読まれる祝辞が、この物語の全ての真実を明らかにする。シリーズが進むごとにどんどん複雑化していく時系列とパラドックスを正直自分がどこまで理解できているのか、自信はないが(多分、全然理解していない)、前三作に登場した人物の名前が出るたびに、同窓会に訪れたときと似た懐かしさを覚え、『リライト』を読んだときには全く想像できなかった真相と結末は、私の胸に"ラストまで読むと最初のイメージがガラリと変わります"というよく見る煽り文句を体感したかの如く驚愕と、透き通った水のように澄んで、凛とした余韻を残した。
『リライブ』の最後の1行まで読んだとき、脳裏に浮かんだ綺麗な景色を見てもらいたくて、店で大きめに展開してみたり、こうして紹介させていただいたりしているが、貴方が私と同じように感じてくれるかどうかはわからない。けれど、この作品を受け入れられなかったとしても、読むことを、本に手を伸ばすことをどうか止めないでほしい。たまたま趣味が合わなかっただけの話。この世の中に面白くない本など存在しないのだから。
──未熟極まりない書店員が分不相応な願いを口にしたところで、そろそろ終わろうと思います。一年間、どうもありがとうございました!
- 『怪奇文学大山脈Ⅱ』荒俣宏 (2015年3月12日更新)
- 『フォト・ストーリー 英国の幽霊伝説』シャーン・エヴァンズ (2015年2月12日更新)
- 『蜘蛛』遠藤周作 (2015年1月15日更新)
- 中目黒ブックセンター 佐藤亜希子
- 自他共に認める熱しやすく冷めやすい鉄人間(メンタルの脆さは豆腐以下)。人でも遊びでも興味をもつとす ぐのめりこむものの、周囲が認知し始めた頃には飽きていることもしばしば。だが、何故か奈良と古代魚と怪奇小説への愛は冷めない。書店勤務も6年目にな り、音響専門学校を卒業してから職を転々としていた時期を思い返しては私も成長したもんだなと自画自賛する日々を送っている。もふもふしたものと チョコを与えておけば大体ご機嫌。