『グレイヴディッガー』高野和明
●今回の書評担当者●丸善書店津田沼店 沢田史郎
この話をすると決まって<ドロケー>or<ケードロ>論争が巻き起こるのが面倒なんだが、要するに参加者を警察と泥棒の二手に分けて追いつ追われつする鬼ごっこの話をしている。あの遊びで圧倒的に興奮したのは皆、いつだって泥棒役の時ではなかったか。警察側の意図を読み、隠れ、逃げ、裏をかく。その緊張感、即ち「追われる者のスリル」こそが、ドロケー或いはケードロの醍醐味だったと思うのだ。
で、いきなり何の話かと言うと、高野和明さんの『グレイヴディッガー』は追われる者のスリルを満喫出来るゾ、と言っているのだ。
物語の発端は、三十男の小悪党・八神が、柄にも無く生き方を悔い改めるところから。つまり骨髄バンクに登録するのだが途端にHLAが一致する患者が見つかって、ところが移植手術を明後日に控えた午後3時、八神名義のアパートで悪党仲間の島中が殺されているのを発見し、「何故っ!?」と思う間もなく今度は八神自身が謎の三人男に襲われてほうほうの体で逃げ出すも、島中殺害の容疑者として恐らくは警察も八神を追っており、万が一拘留が長引いて移植手術に間に合わなければ、助かる筈の命が一つ無駄に消える。故に八神は決意する。何が何でも逃げおおせて、明後日の骨髄移植を完了してやるっ!
と、この時点で物語はデッドライン・サスペンスの様相を呈して、以後展開するのは電車にタクシー、自転車にレンタカー、隅田川の水上バスまであらゆる交通手段を使っての、東京23区を縦断する大逃走劇。更に第二、第三の殺人が起こって誰の仕業かは当然判らずしかもその新たな犯罪者まで何故か八神を標的にしているようだけど相変わらず警察は八神が犯人だと断定して非常線張ってるしこっちは財布の中身も心許ないし逃げるのに精一杯でろくに飯も食えないし体力もそろそろ限界だし云々かんぬんetcと、これでホントに逃げ切れるのかっ!? てのは勿論読んでのお楽しみ。
最後に一つ。『13階段』で衝撃の乱歩賞デビューを果たして以来、最新作『ジェノサイド』まで高野和明という作家さんが一貫して描き続けてきたものは何か、30字以内で簡潔にまとめて述べよ(句読点含む)と訊かれたら、私は自信をもってこう答えよう。
運命に流されず、自らの力で未来を切り開こうとする姿である。
と。
- 丸善書店津田沼店 沢田史郎
- 1969年生まれ。いつの間にか「おじさん書店員」であることを素直に受け入れられるまでに達観致しました。流川楓君と身長・体重が一緒なことが自慢ですが、それが仕事で活かされた試しは今のところ皆無。言うまでも無く、あんなに高くは跳べません。悩みは、読書のスピードが遅いこと。本屋大賞直前は毎年本気で泣きそうです。読書傾向は極めてオーソドックスで、所謂エンターテインメント系をのほほ~んと読んでいます。本屋の新刊台を覗いてもいまいちピンとくるものが無い、そんな時に思い出して参考にして頂けたら嬉しいです。