『五感で学べ』川上康介
●今回の書評担当者●丸善書店津田沼店 沢田史郎
これぞスポ根農業! ザッツ・ボタニカル・エンターテインメント!!
例えば、日テレのドラマ『高校生レストラン』で松岡君たちが挑戦するのが、レストランじゃなくって畑だったら多分こうなる。或いは『のだめカンタービレ』(二ノ宮知子、講談社)の舞台が音大じゃなくて農学校だったら、やっぱりこうなる(ホントか?)。
要するに、だ。生まれも育ちもバラバラな若者たちが寄り集まって、一つの目標に向かって突き進んだり挫折したり喧嘩したり励まし合ったり、とにかく無我夢中で七転び八起きを繰り返しながら成長してゆくストーリーが好きな人なら、迷わず手に取るべきである。本書を読んで、ひたむきな若者たちの姿に心打たれない人は居るだろうか、いや居ない。ええ、大事なことなので反語法で念を押しましたよ。
舞台になるのは、滋賀県にある全寮制の農学校。母体は、日本最大、世界でも第4位の種苗会社・タキイ種苗だ。「タキイのタネ」と言えば、農業や園芸に縁が無い人でも聞いたことはあるだろう。そのタキイが、日本の農業の発展につなげようと60年以上に亘って運営を続けている農学校の、生徒と先生たちの一年を追ったノンフィクションが本書である。
いやまぁ、そのヘヴィなことと言ったら! 農業関係者の間では<自衛隊並みにキツイ>と有名らしいんだが、入社前は体重100kgもあった或る先生などは<一年目で七十キロまで落ちたんです。毎日お腹いっぱい食べて、この痩せ方ですから、本気でダイエットをしたいという人にはオススメですよ>って、絶対嫌だ、そんなダイエット......。
そんなシンドイ環境にも関わらず、実はこの学校、余程の健康問題か家庭の事情が生じない限り、やめていく生徒は殆どいな居ないのだそうだ。何故か? それを言葉にしてしまうと途端に陳腐になるからこのテの本は紹介するのが難しいんだが、まるで高校の部活動の如く「声だしていこうぜ!」「オイッ!」とかって掛け声かけながら畑を耕す様子に、上質の青春小説を読んでいるような高揚を感じることだけは確かである。そんでもって、収穫したダイコンの旨そうなこと!
そして、ひ弱で世間知らずな新入生がたった一年で驚く程の成長を遂げる姿を読む内に、不意に思い出した言葉がある。
男子三日会わざれば刮目して待つべし――。挫折を乗り越えて何かを成し遂げた時の達成感、躓いた時に支え合うことが出来る連帯感、一致団結して壁を打ち破った時の充実感、等などを一度でも経験したことのある人なら、きっと解る筈である。本書は、青年よ大志を抱け文学の傑作である、と。
- 『ビア・ボーイ』吉村喜彦 (2011年6月9日更新)
- 『グレイヴディッガー』高野和明 (2011年5月12日更新)
- 丸善書店津田沼店 沢田史郎
- 1969年生まれ。いつの間にか「おじさん書店員」であることを素直に受け入れられるまでに達観致しました。流川楓君と身長・体重が一緒なことが自慢ですが、それが仕事で活かされた試しは今のところ皆無。言うまでも無く、あんなに高くは跳べません。悩みは、読書のスピードが遅いこと。本屋大賞直前は毎年本気で泣きそうです。読書傾向は極めてオーソドックスで、所謂エンターテインメント系をのほほ~んと読んでいます。本屋の新刊台を覗いてもいまいちピンとくるものが無い、そんな時に思い出して参考にして頂けたら嬉しいです。