『感じる科学』さくら剛
●今回の書評担当者●丸善書店津田沼店 沢田史郎
「時間もの」が好きである。
北村薫さんの「時と人」三部作『スキップ』『ターン』『リセット』(いずれも新潮文庫)は勿論のこと、浅田次郎さんの『地下鉄に乗って』(徳間文庫)とか方波見大志さんの『削除ボーイズ0326』(ポプラ文庫)とか鯨統一郎さんの『タイムスリップ森鴎外』(講談社文庫)とか宮部みゆきさんの『蒲生邸事件』(文春文庫)とか、そうそうケン・グリムウッドの『リプレイ』(新潮文庫)も忘れちゃいけないし、映画だったらマイケル・J・フォックス主演の『バック・トゥ・ザ・フューチャー』なんか、何度見ても飽きませんな。
で、そんな「時間もの」の中で必ずと言っていいほど取り沙汰されるのが、"タイムパラドックス"っていうやつだ。とりわけ有名なのは、所謂"親殺しのパラドックス"。即ち、タイムマシンを使って自分が生まれる前に戻り、親を殺したらどうなるか?
このSF界きっての難題に対する新しい見解が、さくら剛氏の新刊『感じる科学』の中に在る。但し、著者のさくら氏については知る人ぞ知る、と言うよりもむしろ知らない人は全く知らないと予想されるため、若干の説明を加えたい。即ち彼は、インドを中心にアジアやアフリカ、南米などの主に発展途上国に何度となく出向き、その度にお腹をこわしたり下痢をしたり腹を下したりまたまたお腹をこわしたりを延々繰り返しているへなちょこ旅行作家である。因みに、本人は"腹痛マスター"を名乗っているが、今回の新刊にはちっとも関係無いのでそれは措く。
その『感じる科学』の中でさくら氏は、"親殺しのパラドックス"についてこう断じている。曰く
【それではこのパラドックスについて、私個人の見解を述べさせていただきますと、やはりまずなにをおいても親を殺すなということです】
って、そこか!? 数多の科学者やSF作家、マンガ家や映画監督たちが想像力を駆使して挑み続けた大命題への、それが答えかっ!?
......。要するに本書は、そういう本である。即ち、『インドなんて二度と行くか! ボケ!!』(アルファポリス文庫)や『三国志男』(サンクチュアリ出版)で世間の一部を爆笑の渦に巻き込んださくら氏が、例の文体もそのままに、相対性理論だの量子論だの進化論だの「ちゃんと学べば面白そうだけど、入門書を読んでも素人には難しくて容易に解らん」ものごとを、バカバカしいにもほどがある卑近な喩えを駆使して説いているのだ。これで面白くない訳がない! 因みに、理解をより深くするのに役立つかどうかは微妙なイラストも満載で、こちらも噴き出さずに読むのは極めて困難であると言っておく。
最後に、本書が如何に脱力系の科学書であるか、その例をもう一ヶ所紹介しつつ、この駄文を終わりにしたい。「進化論」の章から引く。曰く
【ゴキブリは下半身のセンサーで空気を察知して逃亡するため、後ろからよりもむしろ前から叩いた方が仕留められる確率は高いそうです】
......という訳なので、これからはゴキを発見したら正々堂々、正面から挑もうではないか。って、そういう話だったっけ?
- 『水の柩』道尾秀介 (2011年11月10日更新)
- 『新小岩パラダイス』又井健太 (2011年10月6日更新)
- 『息を聴け』冨田篤 (2011年9月1日更新)
- 丸善書店津田沼店 沢田史郎
- 1969年生まれ。いつの間にか「おじさん書店員」であることを素直に受け入れられるまでに達観致しました。流川楓君と身長・体重が一緒なことが自慢ですが、それが仕事で活かされた試しは今のところ皆無。言うまでも無く、あんなに高くは跳べません。悩みは、読書のスピードが遅いこと。本屋大賞直前は毎年本気で泣きそうです。読書傾向は極めてオーソドックスで、所謂エンターテインメント系をのほほ~んと読んでいます。本屋の新刊台を覗いてもいまいちピンとくるものが無い、そんな時に思い出して参考にして頂けたら嬉しいです。