『消防女子!!』佐藤青南
●今回の書評担当者●丸善書店津田沼店 沢田史郎
24時間年中無休、市民の平和を守る為、恋もおしゃれも投げ出して東奔西走の正義の味方。と言えば聞こえはいいがその実態は、キツイ、キタナイ、キケンの典型的な3K職場で、一にも二にも体力勝負。男尊女卑の悪習もチラホラくすぶる、伝統的な男社会。そんな職場に紛れ込んだ紅一点が、体力面でのハンデを知恵と度胸で補いつつ、やり甲斐とアビリティを培ってゆく成長譚。
と言って真っ先に思い浮かぶのが、『機動警察パトレイバー』(ゆうきまさみ/小学館)の泉野明。或いは、『図書館戦争』(有川浩/角川文庫)の笠原郁嬢を連想する人もいるかも知れない。社会の歪みに憤り、自らが信じる正義とのギャップに悩みながらも、投げず腐らず諦めず、一つ一つ自分なりの答えを見出してゆく健気な姿に、時に噴き出し時に胸が熱くなった読者は多い筈。
そんな正義の味方の殿堂に、この度新たなヒロインが仲間入りしたので紹介したい。なにせ『消防女子!!』の舞台ときたら3Kも3K、これ以上の3Kは戦場ぐらいではなかろうかという火災現場だ。
横浜市湊消防署浜方消防出張所に所属する高柳蘭は、消防学校を出てから半年余りの新米消防士。日頃の訓練では救助する側なんだかされる側なんだか判らないようなていたらくで、先輩や上司にどやされまくり。とは言え一度火災が発生すれば、女だてらに総重量20kgを装備して駆けつける。
そんな或る日、蘭は現場で自分の空気呼吸器の残圧が落ちているのを発見する。状況から察するに、誰かが故意に空気を抜いたらしい。火災に跳び込む前だったから良かったものの、一歩間違えれば蘭は殉職していたかも知れず、悪質という以上に憎悪さえ感じさせる仕業に、蘭は次第に疑心暗鬼になってゆく......。
ってなミステリ要素は、実はこの作品の場合、在っても無くてもどっちでもいい(笑)。著者は〝このミス大賞〟出身であるとは言え、本書を読む際は謎解き以外の部分を大いに堪能して頂きたい。
例えば、まるで映像を見ているかの如き火災現場のリアルな描写。例えば、救助した命よりも、救えなかった犠牲を考えて落ち込む蘭の心情。例えば、そんな蘭を厳しくも温かく見守る先輩消防士たちの親心。例えば、【最先着を競うことはすなわち、もっとも危険な役割を奪い合うということだ】という誇り。そして例えば、【私は死なない。死ぬわけにはいかない。これからも、もっとたくさんの命を、救っていかなければならないから】という気概。
もうお解りか? 要するに〝このミス大賞〟優秀賞でデビューした佐藤青南さんの二作目は、ミステリのフリをしつつもその実態は、涙あり笑いありの人命救助エンターテインメントの傑作であると断言しよう!
最大の見せ場、豪華客船の火災の場面で彷彿させられたのは、ジブリの名作『魔女の宅急便』のクライマックス。読者諸賢もきっと、地上で見守る野次馬の一人になって、「頑張れ―っ!」と声援を贈らずにはいられない筈。いやぁ消防士って格好イイ!
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- 丸善書店津田沼店 沢田史郎
- 1969年生まれ。いつの間にか「おじさん書店員」であることを素直に受け入れられるまでに達観致しました。流川楓君と身長・体重が一緒なことが自慢ですが、それが仕事で活かされた試しは今のところ皆無。言うまでも無く、あんなに高くは跳べません。悩みは、読書のスピードが遅いこと。本屋大賞直前は毎年本気で泣きそうです。読書傾向は極めてオーソドックスで、所謂エンターテインメント系をのほほ~んと読んでいます。本屋の新刊台を覗いてもいまいちピンとくるものが無い、そんな時に思い出して参考にして頂けたら嬉しいです。