『ともにがんばりましょう』塩田武士

●今回の書評担当者●丸善書店津田沼店 沢田史郎

 正直、頭の回転が速い方ではないので、議論口論はすこぶる苦手。例えば上司と意見がぶつかっても、言いたいことの半分も言えないまま引き下がるというパターンが非常に多い。帰宅後、風呂に浸っている時などに、「さっきはこう言えばよかった」などと気付いたところで余計にストレスが溜まるだけ。故に最近では、解って貰えなくて当たり前と観念している。その方が、理解を得られず地団太踏むより、精神衛生上遥かにマシ。

 が、『ともにがんばりましょう』の武井たちは、そんな悠長なことは言ってられない。
 入社6年目、28歳の彼が半ば騙されるようにして参加したのが、上方新聞労働組合執行部。年数回の団体交渉で経営側に労働条件の改善を訴えるのがその任務であり、全組合員500人の意志と気持ちを代表している以上、「解って貰えなくて当たり前」なんて生ぬるいことは死んでも言えない。それどころか執行部と経営陣の双方が、少しでも交渉を有利に進めようと、相手の論理の些細な綻びも見逃さず鎬を削る様子は、下手なサスペンスなど顔負けの緊迫感。

 彷彿させられたのが、ヘンリー・フォンダ主演の『十二人の怒れる男』。90分余りの間スクリーンに映し出されるのは、陪審員たちが口角泡を飛ばして議論する様子のみで、カメラは陪審員室から殆ど出ない。にも関わらず、見る者を一瞬たりとも飽きさせないあの名画のように、『ともにがんばりましょう』も、物語の多くが会議室で進行する。故に私は中盤を過ぎる頃まで、労使双方の丁々発止がこの作品の読みどころだと受け止めていた。

 ところが終盤。執行部が最後の意見陳述をする場面で不意を突かれた。皮切りは、印刷局の万田源三・51歳。体を壊した彼の同僚が、薬で症状をごまかして仕事を続けていたという事実を開陳した後、経営陣を見つめて言葉を継ぐ。

【今、そいつは病院で療養中です。あのとき何でもないような顔してたけど、あいつ相当しんどかったんやなと思うと、つらなってねぇ。ほんまに現場は人足りてないんです】

──以降の展開が、恐らく本書のクライマックス。詳述は控えるけど、例えば休日の家族サービスとか趣味の釣りとかゴルフとか、或いは日頃の睡眠時間とか幼い子供たちとのコミュニケーションとか、そんな諸々をなげうって仕事を全うしてきたサラリーマンなら、泣かずに読み進めるのは多分無理。「シンドイのはみんな一緒。お互い、よく頑張ったな」と、自分の仕事ぶりを上司に代わって肯定して貰えたようで、カタルシス的な作用がハンパじゃない。

 仕事がつまらないのではなく倦んだのでもなく、ましてや嫌いになった訳では決してない。だけど、何だかちょっと疲れてる──。そんな人は黙って本書を読んでみよう。

 今後私は、塩田さんの書いたものなら、たとえそれがパスパ文字だろうとヒエログリフだろうと、必ず読もうと思う。もしかしたら、今一番、次が楽しみな作家が彼かも知れない。

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丸善書店津田沼店 沢田史郎
丸善書店津田沼店 沢田史郎
1969年生まれ。いつの間にか「おじさん書店員」であることを素直に受け入れられるまでに達観致しました。流川楓君と身長・体重が一緒なことが自慢ですが、それが仕事で活かされた試しは今のところ皆無。言うまでも無く、あんなに高くは跳べません。悩みは、読書のスピードが遅いこと。本屋大賞直前は毎年本気で泣きそうです。読書傾向は極めてオーソドックスで、所謂エンターテインメント系をのほほ~んと読んでいます。本屋の新刊台を覗いてもいまいちピンとくるものが無い、そんな時に思い出して参考にして頂けたら嬉しいです。