『幽霊人命救助隊』高野和明
●今回の書評担当者●丸善お茶の水店 沢田史郎
こんなに辛い思いをするくらいなら、いっそ死んでしまいたい。
どうせこの先いいことなんて有る訳ないのに、生きていたってしょうがない。
そんな風に思ったことが、誰でも一度や二度はあるでしょう。失業とか、失恋とか、借金苦とか、或いはぼんやりとした不安とか、理由は十人十色だろうけど、明日に希望が持てなくなって生きる気力が萎えてしまうことが、長い人生の間にはきっとある。事実、日本だけでも毎年3万人もの人が、自ら命を断っているそうだ。斯く言う私も、死にたいと思ったことは何度もあった。今日まで無事に生きてこられたのは、単に死ぬ度胸が無かったからと言うに過ぎない。
ところが不幸にしてその度胸を持ち合わせてしまったのが、『幽霊人命救助隊』の主人公たちだ。自殺したのは年老いたヤクザ、中小企業経営者、家事手伝いの若い女、浪人中の青年という四人。生まれも育ちも年齢もバラバラな彼らが幽霊となって天国に向かっている時、ドラマは突如降って湧く。なんと彼らの前に神様が現れて、「ワシが授け給うた命を粗末にするような不届き者は、断じて天国には入れてやらんっ!」と激怒なさっているではないか!? 困惑する四人に、しかし神様は僅かに救いの手を差し伸べる。即ち、今から「浮かばれない霊」となって地上に舞い戻り、百人の自殺志願者を救うことが出来たら、褒美に天国行きを許してやろう、と。斯くして四人は幽霊人命救助隊となり、再び地上に
舞い戻る。
以降展開する救助隊の東奔西走はコメディ映画さながら、誰もが笑いを堪えるのに苦労することだろう。しかしそのユーモアのオブラートには、実は深くて重いテーマが包まれている。即ち、自殺寸前にまで思い詰めた人々の苦悩と逡巡が、迫真の筆致で次から次へと展開するのだ。陰湿なイジメにあっている小学生、障碍を持つ我が子の育児に疲れ果てた母親、あらゆる事象をマイナスに受け取ってしまう鬱病のビジネスマン、恋人に捨てられた若いOL、会社が倒産してしまった中年の経営者、連れ合いに先立たれて呆然とする老紳士、etc......。
そんな人々に向かって、救助隊は真摯に説く。悲しみは永遠には続かないし、苦しいことも乗り越えてしまえば笑い話になるんだよ、と。あなたが死んだら、とても悲しむ人がいるんだよ、と。そして自殺してしまった彼らだからこそ言える極めつけの一言、「自殺してから後悔しても遅いんだよ」と。
そうやって説得を続ける内に、四人の救助隊は気付いてゆく。自殺するまでに追い詰められた人々は、今日の不幸を嘆く余り、それが永遠に続くものだと思い込んでいる。かつて、生前の自分たちもそうだった。だがしかし、神ならぬ身の人間に、明日のことなどなぜ分かる? 今日の悲しみが明日も続くと、誰が断言出来ようか! そう頓悟した時、救助隊の一人はしみじみ呟く。曰く
【未来が定まっていない以上、すべての絶望は勘違いである】
この作品を読んで明日をちょっと楽しみに思って貰えたら、本屋としてとても幸せです。
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- 丸善お茶の水店 沢田史郎
- 小説が好きなだけのイチ書店員。SF、ファンタジー、ミステリーは不得手なので、それ以外のジャンルが大半になりそう。 新刊は、なんだかんだで紹介して貰える機会は多いので、出来る限り既刊を採り上げるつもりです。本は手に取った時が新刊、読みたい時が面白い時。「これ読みたい」という本を、1冊でも見つけて貰えたら嬉しいです。