『教室に雨は降らない』伊岡瞬

●今回の書評担当者●丸善書店津田沼店 沢田史郎

  • 教室に雨は降らない (角川文庫)
  • 『教室に雨は降らない (角川文庫)』
    伊岡 瞬
    角川書店(角川グループパブリッシング)
    761円(税込)
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「本当は僕のせいじゃないのに......」
「みんなだってやってるのに......」

 小学生の頃、先生に対してこんな不満を抱いた記憶は数えきれない。しかもこういう感情に限って不思議といつまでも風化せず、ふとした拍子に蘇ってきては、「あれは絶対に先生の方が間違っていた」などと、切歯扼腕することが未だにある。あの頃は故無き叱責に憤っていたと言うよりも、自分の言い分を聞いてくれないということの方が悔しかったんだろうなぁ......なんてことを考えながら、『教室に雨は降らない』を読了した。

 舞台は、上谷東小学校。主人公は、非常勤で音楽を教える森島巧、23歳。就活でつまづいて半ば腰かけ気分で着任してはみたものの、いざ子どもたちと接してみるとついつい余計な世話を焼きたくなる性質で、いらんところに首を突っ込んで自ら厄介事を背負い込む。モンスターペアレントに公園の亀泥棒、無気力教師に学級崩壊、etc......。頻発するトラブルに暴走と紙一重の行動力でぶつかってゆく姿には、『熱中時代』の水谷豊や『教師びんびん』の田原俊彦をついダブらせる(そういう世代なんだよ、悪いか?)。

 例えば第3章「ショパンの髭」には、合唱会の練習でわざと音程を外して歌う男児が登場する。ピアノでショパンを弾きこなすほどの素養を持ちながら決してまともに歌おうとしない困ったちゃんだが、さりとてそれで授業が荒れる訳でもないからと、教頭以下殆どの教師は半ば諦め気味に1年以上も放置してきたらしい。ところが森島は、納得しないし腑に落ちない。周りの教師が、大人たちだけで話し合い、大人たちだけで結論づけようとする中で、彼だけは一生懸命子どもたちの話に耳を傾ける。真摯に事情を説明し、協力を仰ぎ、助力を請う。

 多分子どもたちは、自分たちに訊いてくれたことが嬉しかったんじゃないかな。頼りにされて粋に感じたんじゃないかな。そして何よりも、対等に接してくれたことが誇らしかったんじゃないかな。しかして兆すのは、「この先生は、他の大人とはちょっと違う」という、小さな小さな信頼の芽。

 とは言え、人と人との絆なんて脆いもの。こつこつ編みあげてきた連帯感が、些細な過ちで水泡に帰すこともある。でもその度に、森島は懲りずに子どもたちの目線に下りていくし、そんな森島に根負けしたように、子どもたちも再び歩み寄って行く。その過程が、くすぐったくって温かい。

 要するに私はこの作品を、新任教師と子どもたちが、互いに疑ったり打ち融けたりを繰り返しながら、少しずつ心を開いていく物語として読んだ。どの章も必ずしも大団円ではないけれど、「森島先生には負けたよ」とうそぶく子どもたちの、ませた笑顔が行間から透けて見えるようで、意外なほど爽やかな読後感。ミステリー音痴の方にも、学園ものとして何憚ることなくお薦めしたい。

 それにつけても誰の文句か知らないが、よくぞ言ったもんだと思うのだ。一つ二つは可愛い盛り、三つ四つはいたずら盛り、七つ八つは憎まれ盛り。むべなるかな、むべなるかな(笑)。

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丸善書店津田沼店 沢田史郎
丸善書店津田沼店 沢田史郎
1969年生まれ。いつの間にか「おじさん書店員」であることを素直に受け入れられるまでに達観致しました。流川楓君と身長・体重が一緒なことが自慢ですが、それが仕事で活かされた試しは今のところ皆無。言うまでも無く、あんなに高くは跳べません。悩みは、読書のスピードが遅いこと。本屋大賞直前は毎年本気で泣きそうです。読書傾向は極めてオーソドックスで、所謂エンターテインメント系をのほほ~んと読んでいます。本屋の新刊台を覗いてもいまいちピンとくるものが無い、そんな時に思い出して参考にして頂けたら嬉しいです。