『晴天の迷いクジラ』窪美澄

●今回の書評担当者●丸善書店津田沼店 沢田史郎

 藪から棒になんですが、人生、努力だけではどうにもならないことってのは、まま在る訳で。認めてしまうのは寂しいんだけど。

 仮に、頑張れば必ず結果に結びつくというのなら、良い結果が出なかった人たち──毎日フラフラになるまで練習したのに負けてしまった高校球児とか、恋も遊びも封印して勉強しまくったのに落ちてしまった受験生とか、寝る間も惜しんで作った企画書がボツになっちゃったビジネスマンとか──みんな「努力が足りなかった」ってことになっちゃうけど、そうじゃねーだろ、と。「それは努力の方向が間違っていたのです」なんて、傍観者にしたり顔で言わせはしないよ。結果がついて来なかったけど、君は一生懸命頑張った。そういうことだってあるんだ、残念だけど。

 ただそれでもね、努力することは無駄ではない、と思うのです、やっぱり。いや、そう思いながら『晴天の迷いクジラ』を読了した訳です。

 主人公は生まれも育ちも年齢もバラバラな三人の男女。
 専門学校を出た後、小さなデザイン会社で働く由人は、帰宅もままならない激務の中でウツを発症し、死を思う。その由人の雇い人、女社長の野乃花は、十数年間シャカリキになって守り続けた自社の倒産に、精根尽き果て自殺を計る。この二人が、南国の小さな漁港に迷い込んだクジラのニュースを知って、どういう気まぐれかそれともただのヤケッパチか、とにかく死ぬ前にクジラでも見ようと飛行機に乗る。そしてもう一人。母親の病的なまでの干渉に疲れきって引きこもっていた高校生の正子が、ふとした偶然で由人と野乃花のコンビに拾われ、旅に加わる。

 そうして辿り着いた辺鄙な漁村では、南国の海と太陽と純朴な人々が、生を諦めかけていた三人をふわりと包む。

【なーんにも我慢することはなか。正子ちゃんのやりたいことすればよか。正子ちゃんはそんために生まれてきたとよ】

【薬のんだって、入院したってよかと。どげなことしたって、そこにいてくれたらそいで、そいだけでよかとよ】

 そんな控えめな優しさに触れるうち、彼らはゆっくり気付いてゆく。人生には、頑張っても報われないこともあるんだ、と。だから、結果が出なくても自分を責める必要は無いんだ、と。だけど、上手くいかなかったことを「仕方が無い」と諦めていては、いつまで経ってもどこにも行けないのだ、と。

 恐らくそれは、夢破れたとは言え心身ともにボロボロになるまで戦い抜いた彼らだからこそ、見出すことが出来た答えであって、即ち、それぞれの胸に宿った新たな光は、精一杯やり抜いた過去の彼らの遺産であり、だとするとやっぱり費やしてきた努力は無駄だった訳では決してなく、むしろ最後の最後で彼らの味方をしてくれたんだと、私は絶対にそう思う。

 努力は必ずしも報われるとは限らない。だけども、努力は裏切らない。『晴天の迷いクジラ』からは、そんなメッセージが溢れて来るように思えて仕方が無い。

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丸善書店津田沼店 沢田史郎
丸善書店津田沼店 沢田史郎
1969年生まれ。いつの間にか「おじさん書店員」であることを素直に受け入れられるまでに達観致しました。流川楓君と身長・体重が一緒なことが自慢ですが、それが仕事で活かされた試しは今のところ皆無。言うまでも無く、あんなに高くは跳べません。悩みは、読書のスピードが遅いこと。本屋大賞直前は毎年本気で泣きそうです。読書傾向は極めてオーソドックスで、所謂エンターテインメント系をのほほ~んと読んでいます。本屋の新刊台を覗いてもいまいちピンとくるものが無い、そんな時に思い出して参考にして頂けたら嬉しいです。