『コーパスへの道』デニス・ルヘイン

●今回の書評担当者●正文館書店本店 清水和子

  • 現代短篇の名手たち1 コーパスへの道 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
  • 『現代短篇の名手たち1 コーパスへの道 (ハヤカワ・ミステリ文庫)』
    デニス・ルヘイン
    早川書房
    842円(税込)
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 以前ルヘインの「ミスティック・リバー」を読んで、脳味噌をふっとばされました。映画化もされてアカデミー賞も受賞していますが、(監督はクリント・イーストウッド!)声を大にして言いたい。映画も良かったけど、小説はその何百倍も凄いぞ〜。「ミスティック・リバー」は3人の少年の内1人だけが連れ去られた出来事と、その25年後の話です。25年後、3人はまだ生きている。その内の1人の娘が惨殺されてしまう。本筋とはあまり関わりがないのですが、後にその娘を惨殺されてしまうジミーが、二度目の妻となるアナベスにプロポーズする言葉が凄いのです。「...血の中にあろうが、血の外に出ようが、そんなことはクソ食らえだ、とにかくおれは堅気を通す」。格好良いなんてものではありません。いっそのこと、ジミーとして生まれジミーとして生きジミーとして言い放ちたい台詞です。そんなルヘインの最新作です、とても嬉しいです。

『コーパスへの道』は7つの短篇から成っています。ブルーと親友だったベトナム帰還兵エルジンの「犬を撃つ」。身に覚えがないのに追われて病院に逃げ込むはめになるダニエルの「ICU」。将来を賭けていたフットボールの試合が無惨に終わり復讐を目論むおれの「コーパスへの道」。シルヴェスターを溺れさせる為に海へドライブするKLと彼女の「マッシュルーム」。人でなしの父親が迎えに来る出所したきみの「グウェンに会うまで」。裏「グウェンに会うまで」と言うべき戯曲の「コロナド」。真夜中に新種の感染症の男と会話するレイの「失われしものの名」。

嗚呼乾いてるなあ。乾いて乾き切って、でも心は穏やかで空が高い感じ。読んでいるときの、心象風景です。まるで、アメリカのだだっ広い道路をバイクでゆったりぐわぁーんと走っているような、そんな穏やかさ。

この、普通の世界からちょっとずれている、描き方によってはいくらでも悲惨になりえるような題材を、このドライさに。ルヘインって凄いなあ。とてもすきだなあ。

一番好きなのは「グウェンに会うまで」です。私は「人の闇」とか「闇」でないとかはどうでもよいのです。そんな事よりその描写に魅了される。圧倒される。一筋縄ではいかない、鮮烈な感情を巻き起こされます。この「グウェン〜」は、ミステリーとか恋愛小説とかの範疇を既に超えて、読んでいるとまるで心臓を鷲掴されている感じです。

この7つの短篇のようなもので、世界は成り立っているのかも知れないと思います。

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正文館書店本店 清水和子
正文館書店本店 清水和子
名古屋の正文館書店勤務。文芸書担当。名古屋は良い所です。赤味噌を笑うものは赤味噌に泣くぞ!と思います。本は究極の媒体だ〜。他の書店に行くのも図書館に行くのもすき。色々な本がすきです。出勤前にうっかり読んでしまい遅刻しそうになり、凄い形相で支度してることもしばしば。すぐ舞い上がってしまうたちです。(特に文学賞発表のときなど)すきな作家の本の発売日は、♪丘を越え行こうよ〜の歌が頭の中でエンドレスに流れてます。誕生日占いが「落ち着きのないサル」だったので、心を静めてがんばりたいです。