『反知性主義 アメリカが生んだ「熱病」の正体』森本あんり

●今回の書評担当者●進駸堂中久喜本店 鈴木毅

  • 反知性主義: アメリカが生んだ「熱病」の正体 (新潮選書)
  • 『反知性主義: アメリカが生んだ「熱病」の正体 (新潮選書)』
    森本 あんり
    新潮社
    1,404円(税込)
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 おおゴッド!
 ここ数年ほど宗教にハマっている。
 いま宗教が一番アツい。たまらなくアツい。

 アメリカの宗教がとっても面白いのだ。

 僕はまったく宗教に疎い。
 僕の人生の中でキリストと出会ったのは小学生の時、下校時に校門前で話を聞いたらロケットエンピツをあげるよと呼び止められ、知らないオジさんからキリスト受難の紙芝居を見せられたくらいでしかない。
 しかしここ数年、アメリカの映画や小説の中に含まれる日本とは異質な価値観、精神性が気になり文化的背景を調べていると、行き着いた先はキリスト教であった。

 堀内一史『アメリカと宗教 保守化と政治化のゆくえ』(中公新書)はアメリカに浸透している宗教について大まかに知るにはもってこいの本である。

 現在のアメリカの成人人口のうち、実に半数以上がキリスト教のプロテスタントを信仰していて、2007年のギャラップの調査では神の存在を信じているアメリカ人は75%、悪魔を信じている人は70%、天使を信じている人は75%、天国は81%、地獄は69%、自分の人生において宗教が非常に大切であると答えた人は56%。

 天国は信じているが地獄を信じてないのはいささか気になるが、まさにアメリカはキリスト教大国なのである。

 そんなアメリカ宗教概史を補完するテキストとしてとても面白かったのが今回紹介する『反知性主義 アメリカが生んだ「熱病」の正体』(新潮選書)。

 しかし、この本を紹介する前にアメリカという国にキリスト教が根付いた背景をすこし知っておく必要があったりするのでド素人の僕がざっくり説明しよう。

 まず、16世紀にルターの宗教改革が起き、ローマ・カトリック教会から分派したのがプロテスタント。でなんやかやあって、イングランドのヘンリー8世の最初の妃キャサリンの娘のメアリー1世がブラッディー(血まみれ)・メアリーと呼ばれるほどプロテスタントを弾圧して、多くのプロテスタントが国外に亡命。そんなこんな色々あって、プロテスタントであるピューリタンと呼ばれる人々が旧弊に満ちたヨーロッパを逃れ、自らの信仰を実践しようとアメリカ大陸の植民地に逃れたのである。
 ほんとうにざっくりなので、詳しくは三修社の『アメリカ文化入門』に詳しく書いてあるので参考にしてください。

 そんな新天地に逃れたピューリタンたちが礎となってできたのがアメリカという国なのである。実は他に様々な宗教や宗派もいたので、ピューリタンが建国の祖というのは違うみたいであるが、大覚醒と呼ばれる「信仰復興運動(リバイバル)」により、信仰が宗派を横断して、バラバラであった新天地に住まう人々の中に「アメリカ人」という統一したアイデンティティを醸成していったことは宗教大国アメリカが形作られる重要な要因だったようである。

 さてさて本題であるが、「反知性主義」とはなんぞやということを本書を読み進めるうちに分かってくることは、結論から言えば日本で使われているようなネガティブな言葉ではないということだ。「反知性主義」とは知性そのものに反対するものではなく、知性が特権階級や、世襲によって独占されることに対しての異議申し立てだったことがわかる。

 そしてカトリックがローマ教皇を頂点とする位階制度であるのに対しプロテスタントは万民祭司制という、基本だれでも牧師や説教師になれちゃったりする制度で、それは「神の前では万人が平等である」という徹底した平等主義の思想があった。権威的で階級が固定されているヨーロッパから逃げてきたという理由もあり、旧世界への宗教的カウンターとして「反知性主義」は根付いていったのである。

 この平等主義は特権が固定されることなく、誰もが平等にスタート地点に立つ事ができ、新しい世代ごとにチャンスが与えられることを意味していて、いわゆるアメリカンドリームの原点。そんな平等主義により知性が平等に国民に浸透し機能していたのがアメリカだったのだ。(なぜ過去形にしたかと言えば、今のアメリカはそうでもないからである)

 また、本書で興味深いのは、巡回伝道者の存在である。
 アメリカ建国の上で重要な信仰復興運動を支えたのは全国を周り伝道集会を行なった彼ら巡回伝道者であったが、集会に人を集める方法が信仰とは正反対と思われる娯楽性であった。
これは巡回セールスの起源でもあり、また現在で言うところの起業家精神を思い起こさせる。伝道集会が信仰とビジネスを融合させ、宗教と実利主義の結びつきの起源となったことは面白い。徹底した顧客志向と娯楽性で信者を獲得する様は今日アメリカで隆盛を極めるメガチャーチに受け継がれているのは想像に難くない〈『アメリカン・コミュニティ 国家と個人が交差する場所』(渡邊靖/新潮選書)に詳しい〉。

 そんな信仰とビジネスの折り合いはアメリカ人にとって「天は自ら助くるものを助く」という信念、「自助」の思想と上手く結びついて、"目標に向う強い意志、倹約と勤勉と忍耐を続けた人だけが、成功するにふさわしい人格になる。そして、神もまたそのような真面目な努力に祝福を与える。"ということらしい。

 これ、どこかで聞いた事あるなと思ったら、自己啓発がみんなそんな感じであった。

 マックス・ヴェーバーは『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』(岩波文庫)の中で、「富と財を追求することが罪ではなく、その所有の上に「休息」することがダメですよ(ざっくりとこんな感じ)」と書いていて、この言葉と併せると敬虔なキリスト教徒という宗教的観念を持つであろうアメリカ人が、なぜあれだけ富や成功を追求するのかという疑問が解けたのも面白い。

 そういえばマイケル・ベイの映画『ペイン&ゲイン 史上最低の一攫千金』は、筋肉つけて頑張っているのに成功しないのはオカシイと悩むフィットネスジムのインストラクターが、参加した自己啓発セミナーで「おれはやり手だ!」と意味不明な決心をして金持ちを誘拐、仲間二人も巻き込み無計画な犯罪をおかしてしまう筋肉バカが暴走するブラックコメディ。最後に私立探偵が一言「最も重い罪は問われなかった。それはバカだったことだ」という素晴らしい名言で締める。アメリカンドリームと反知性(というかバカ)、そして自己啓発というキーワードを持つこの映画は「反知性主義」なアメリカ映画であった。と今思う。

 ロケットエンピツが貰えるわけでもないのにキリスト教について知る事になんの得があるのだろうかと聞かれれば、そんなアメリカの映画や小説が更に面白くなってしまうのである。

 映画『ペイン&ゲイン』もアメリカ人の精神性を知る事によって、「単なるバカ」な人たちの話と見るのではなく、「アメリカ人だからこそのバカ」として笑えることができる。また、ジョナサン・フランゼンの『フリーダム』(早川書房)は、アメリカの一家族を描いた小説であるが、リベラルで民主党支持のアッパーミドルの夫婦の息子であるジョーイ君は、両親以上に自らのルーツであるユダヤ系を強く意識しているにもかかわらず共和党支持者になってしまう。理由は「連中はリベラルな民主党の奴らと違って庶民を見下していない」「反エリートの怒れる党にますます親しみを覚えるようになった」と言う。元来リベラルで民主党寄りであるユダヤ系を、家族の中でも特に強く意識しているジョーイ君が「反エリート」、つまり反権威主義から共和党支持に回ると言う皮肉の面白さも堪能できるのだ。

 それだけでもアメリカにおける宗教とその「反知性主義」を知っておく価値があるというものである。

 昨今、日本でも注目されている「反知性主義」という言葉。
 大宅壮一がテレビの影響を「一億総白痴化」と名付けたが、それらを是とするような意味合いで、ネガティブな言葉として最近日本で使われだしている。

 そんな「反知性主義」という言葉の起源、本来の意味をアメリカ建国の歴史、特に重要な宗教的な側面から本書が紐解いていることも忘れてはならない。

 文字数からも分かってもらえると思うが、大変面白かったので特に洋画ファン、外文ファン、そして『リバー・ランズ・スルー・イット』と信仰の関係性にも言及しているので洋式毛鉤ファンにも是非とも読んで頂きたい。
 ロケットエンピツはあげないけど。

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進駸堂中久喜本店 鈴木毅
進駸堂中久喜本店 鈴木毅
1974年栃木県生まれ。読書は外文、映画は洋画、釣りは洋式毛バリの海外かぶれ。世間が振り向かないものを専門にして生き残りをかけるニッチ至 上主義者。洋式毛バリ釣りの専門誌『月刊FlyFisher』(つり人社)にてなぜか本と映画のコラムを連載してます。