『風に顔をあげて』
●今回の書評担当者●堀江良文堂書店松戸店 高坂浩一
「この仕事が自分に向いているんだろうか?」と思うことが昔は多かった。ふらりと入った書店の売り場が素晴らしかったり、飲み会の席で商品知識の凄い人や読書量が半端じゃない人に会ったりすると「自分には向いていないのかなぁ」と凹んだりした。
さすがに30を超えると考え方も図々しくなり、そういった人や店を見ても「自分も向いているが、もっと向いている人がいる」と都合良く解釈するようになった。
今回の『風に顔をあげて』の主人公風実は30歳前の自分を思い出させてくれる作品でした。
フリーターの風実は25歳。高校卒業後、家を出てバイトで生計を立てていた。どんなバイトもそつなくこなしていた風実は生活に支障がない現状に不満も不安も無かった。しかし、野球場のビール売りの仕事で高校生に「二十五になったら、結婚して子供がいるか自分の店を持って忙しくしてるか、そういう自分しか想像できないんですよ。だって、普通そうでしょう。二十五歳っていったら」と言われショックを受ける。
風実同様25歳から30歳前というのはいろいろと考える時期のような気がする。
20代前半は学生気分のまま生きていけても20代後半になるとそうはいかない事に気付き始める時期なんでしょうね。さらに、大げさかもしれないが、30代が近くなると体力の衰えを実感し始めて焦りを感じるからかも知れません。その頃の自分を性別や境遇は違うものの風実を通して思い出してしまいました。
そんな風実の将来の不安が話の中心ながら、家出をして風実の部屋に転がり込んできた弟の幹。彼はゲイである事をカミングアウトする。それを風実は受け入れ、女を作り出て行った父親を恨み、頑なに妻の座にしがみつき自分の理想とする家族像に子どもを押し込めようとする母親にどうやって理解させるかといった問題も平行して語られる。
なんだか25歳にして苦労を背負い込みすぎている感じがするが、飲み友達で相談相手の小池、ジーンズショップのバイト仲間の主婦三益、幹の相談に乗ってくれるゲイバーのオーナーの藤本さん、総菜屋台の林さんといった人たちとの出会いで少しずつ解決に向かって進んでいく。
この脇を固める人たちが魅力的でキャラが立っているんですよね。
脇といえば、元バイト仲間のリンコと美佳と風実の会話は、シリアスで暗くなりそうな話の雰囲気を変える面白さがあります。
話の後半で自分のやりたい事を見つける風実。ゲイである事をカミングアウトし、自分の生き方を見つけ成長した幹のように、自分の道に向かって進んで行こうとする風実の姿に同世代の人は共感し、上の世代は懐かしく感じることでしょう。
最後に、この作品で気になったのが、風実の彼英一のダメップリである。平さんの作品『Bランクの恋人』でもダメな男たちが出てくるものの、どことなく愛嬌がある。しかし、英一はそれすら感じないダメップリである。横丁カフェの過去の作品紹介でも書いていると思うが、最近の作品って逞しい女性とダメな男が出てくる作品が多い気がする。マッチョな男性キャラを書いて欲しいわけじゃないが、普通の男を魅力的に描いてくれる作品を読んでみたいなぁと思ってしまいました。
- 堀江良文堂書店松戸店 高坂浩一
- 1970年神奈川県横浜市生まれ。仕事が楽そうで女性が多くて楽しそうな職場だと勝手に思い込み学生時代東京の某書店でアルバイトを始める。実際に始めてみると仕事がキツイ、女性は多いがバイトには厳しいという事はあったものの自分が陳列した本が売れていく悦びを覚えてしまい異業種に一度就職するも書店に戻ってくる。いぁ~この仕事の愉しさを知ってしまうとやめられない危険な仕事ですよ書店員は!