『ボーナス・トラック』
●今回の書評担当者●堀江良文堂書店松戸店 高坂浩一
気が付けば横丁カフェ担当の交代の時期。私が本の紹介をさせていただくのも今回が最後です。
最後という事で何を紹介しようか今まで以上に悩みました。好きな作家である柴崎友香の新刊『主題歌』にしようと思ったのだが、炎の営業日誌で私が褒めた事が載り、横丁カフェでも書いてしまうと"乙女系おっさん書店員"というキャラが定着してしまう恐れがあるので断念しました。(素敵な作品でしたよ!)
悩んだ結果、以前横丁カフェで紹介した『階段途中のビッグノイズ』を読んで以来すっかりファンになってしまった越谷オサムのデビュー作『ボーナス・トラック』を紹介。
横丁カフェの担当が月末だったら新刊『陽だまりの彼女を』紹介したかったのだが...
業界大手のハンバーガーチェーンに勤める草野は仕事帰りにひき逃げ事故に出くわす。
必死の救命処置も虚しく亡くなってしまう。死んでしまった被害者は何故か幽霊となって草野に付きまとう。
最初に書いてしまうとベタなストーリーである。それでも読ませてしまうユーモアと妙なリアリティが越谷作品にはある。
例えば、冒頭の仕事のストレス解消&眠気覚ましのために車中で「獣神サンダーライガー、入場」と口走るシーンで「ケロちゃん(新日本プロレスの元リングアナ)の真似してるんだろうなぁ。でも、こんな事を呟くのは新日ファンでもなかなかいないだろう」と突っ込みつつニヤリとしてしまう。さらに後続車から煽られるシーンで「はいはい、わかったよ」と呟き車を恥に寄せ先に行かせるシーンに「わかるなぁ」と納得。
運転経験者なら1人で車を運転している時にブツブツ独り言を呟いてしまう事があると思うが、この作品のそのセリフが妙にリアリティがあって良い。
さらに、事故で亡くなり幽霊になった亮太と草野は共同生活をするのだが、二人でプロレスゲームを夢中でやるのだ。それだけでもバカらしい構図だが、そのやり取りを丁寧に描いている。
確かに、プロレスゲームがストーリーのちょっとした鍵になるのだが、ここまでこだわって描くとプロレスを知らない人には厳しいのでは?と思ったりする。
そして、私が勝手に思い込んでいるのだが、越谷作品といえば洋楽。今回もしっかりレッチリの名前が登場。さらに、ひき逃げ犯の捜索中に草野の車で聴くCDを探すシーンで亮太が「どういうのがお好みかしらん?」と聞き草野が「なんでもいいけど、ギターがわめいてバカっぽくてノリノリなやつ。むやみに犯人追いかけたくなるようなの」とのリクエストに両の鼻の穴から大量の鼻血を垂れ流しているジャケとのアルバムを薦める。これってアンドリューW.K.の『I get Wet』というアルバムで、確かにリクエストには近いが、犯人を追いかけるというより、パーティーでバカ騒ぎしたくなるアルバムなんだよなぁと思いつつチョイスの良さに感心してしまった。
おそらくプロレスにしても洋楽にしても著者の好みが前面にでたチョイスなんだろう。
こういうディテールのこだわりが私のツボを衝いてくるんですよね。
そして、ラストに向けてホロリとさせるシーンや緊迫のシーンを織り込みつつ最後に何ともいえない余韻を残す。やはりこの作家を最後の紹介作品にして良かったと書きながら思ってしまった。
改めて新刊『陽だまりの彼女』が本当に楽しみだ!
- 堀江良文堂書店松戸店 高坂浩一
- 1970年神奈川県横浜市生まれ。仕事が楽そうで女性が多くて楽しそうな職場だと勝手に思い込み学生時代東京の某書店でアルバイトを始める。実際に始めてみると仕事がキツイ、女性は多いがバイトには厳しいという事はあったものの自分が陳列した本が売れていく悦びを覚えてしまい異業種に一度就職するも書店に戻ってくる。いぁ~この仕事の愉しさを知ってしまうとやめられない危険な仕事ですよ書店員は!