『貘の檻』道尾秀介

●今回の書評担当者●紀伊國屋書店渋谷店 竹村真志

 誰しも「大好きな本」というのがあるのでしょう。
 普段、あまり本を読まないという人でも「思い出の一冊」というのは恐らくあるハズ。幼い頃に読んだ(読んでっもらった)絵本とかでもイイ。タイトルは忘れてしまったけれど、何故か未だに妙に覚えているエピソードがあっって......なんてのもイイ。むしろ羨ましいくらいです。

 今月からこうして、コーナーの一端を担当させて頂くワケなのですが、恥ずかしながら、小さい頃は家でスーファミばっかりやっていて、週刊のマンガ誌なんかも買ってもらえなかったので、マンガさえもあまり読んでいないような子供でした。

 そんな自分が、紆余曲折を経て、こうして書店員になって、偶さか出逢った作家さんのファンになり、既刊を買い集め、新刊を待ち侘び、今では、ゲラで一足お先に作品を読ませて頂ける機会まで与えられるコトもあったりして、これはもうホント、書店員冥利に尽きるというものです。
 オマケに、こうして、そんな思いの丈を勝手気ままに垂れ流す場所まで提供だなんて!

 そんなワケで、私がコチラで初めて紹介させて頂くのは、大好きな道尾秀介さんの『貘の檻』(新潮社)でございます。

 仕事と家族を失い自殺を考えた男・大槇は、駅で、その昔彼の人生を大きく歪めてしまった"ある事件"の関係者である女性が、目の前で電車に轢かれてしまうのを目撃する。

 32年前、信州の寒村で資産家が殺害され、時を同じくして一人の女性が行方不明となった。それらの犯人だと目され、後に自らも遺体で発見されたのが、大槇の父であった。しかし、彼女は生きていた。──ならば、父は本当に殺人犯だったのだろうか?

 事件の真相を求めて、大槇は少年時代を過ごしたO村を訪ねる。
 ──そう、彼はあの時、見ていたのだ。
 父と、彼女と、資産家の三人が一堂に介している光景を......。
 その光景は時を経て、"悪夢"となって大槇を苛む。そして、直接彼の身の回りにも危険が──!?

 はたして、誰が、誰を、殺したのか?

 道尾秀介10年間の集大成とも言える、長編ミステリの登場です。
 主人公・大槇に襲い掛かる6つの"悪夢"は、元々独立した短篇として雑誌に掲載されていた作品が、一つの物語の作中作として書下ろし長篇に組み込まれる形で再構築されたという異色作でして、この"悪夢"が放つ、ホラー出身の彼ならではの、おどろおどろしい雰囲気も、サスペンスフルな作品をより予測不可能な深みへと導いてくれます。

 過去の痛ましい殺人事件と、登場する様々なガジェット、巧妙に配された数多の伏線......二転三転するミステリの裏に隠された、哀しく、残酷な"真実"が明らかになる時、最後の最後に残された希望の光が、底には、其処にはあります。

 ラスト1ページの、ラスト1行まで、道尾作品の持つ、"希望"と"光"を信じてみて下さい!

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紀伊國屋書店渋谷店 竹村真志
紀伊國屋書店渋谷店 竹村真志
オーストラリア出身(生まれただけ)、5人兄妹(次男)、姉が年下(義理の)…と、自己紹介のネタにだけは事欠かない現在書店員8年目。欲しいモ ノは、中堅としての落ち着き。 エンタメは言うに及ばず、文学、ミステリ、恋愛、SF、外文、ラノベにBLまで、基本的にジャンルを問わず何でも読みます(でも時代小説はそんな に読まないかも…)。 紹介する本も「ジャンル不問。新刊・既刊も問いません」とのコトなので、少しでも、皆様の読書のお供になるような一冊を紹介出来ればと思いますの で、一年間、宜しくお願い致します!