『あのとき始まったことのすべて』中村航
●今回の書評担当者●紀伊國屋書店渋谷店 竹村真志
先日、積読の山から引っ張り出した本を読んでいました所、そこに挟まっていた、2010年3月当時の新刊情報のチラシにふと目が止まり、紹介されていた一冊の本が非常に気になってしまいました。実に4年以上が経っております。その本は既に文庫化されており、早速探してみました。
普段、黙っていても本が毎日のようにやって来る環境におりますと、却って、一冊の本と「偶然に出逢う」という経験が出来なくなってしまいます。「成程、時を越えてこんな出逢い方もあるのだな」などと、ノスタルジックに一人語りなんかしちゃったりしまして、「積読にも、イイ所あるじゃん」と己の愚行も正当化してみました。
そういえば、まだ書店員になりたての頃、先輩が教えてくれましたっけ。
「出逢ったときが新刊なんだ」
はい、ちょっぴりイイ話にまとまった所で、僕が出逢った今月の一冊は、中村航さんの『あのとき始まったことのすべて』(角川文庫)です。
バタフライ効果で、中学時代の同級生・石井さんと10年ぶりに東京で再会するコトになった僕。
席が隣同士で、毎日のように下らないコトを話しては笑い合っていた、一番の仲良しだったクラスメイトの石井さん。当時は特別な感情があったワケではなかったけれど、再会した彼女はとても魅力的で、会うまでに抱いていた微妙な距離感への不安は、一気に吹き飛んでしまった。
思い出話に花が咲き、覚えているコト、忘れていたコトが少しずつ輪郭を取り戻していく。
新たな感情が芽生えていくコトに気が付き、そのまま一夜を明かして、新たな関係へと進み始めようとしていた僕らを待ち受けていたのは、しかし意外な結末だった......!?
「意外な結末」と「しょうゆラーメン」が大好物な僕なので、おいおい爽やかで甘酸っぱい感じの恋愛小説なのに「意外な結末」なのかよー!と一気に食指が伸びてしまったワケです。
その意外な結末に関しては勿論「読んで下さい」と言う他ないのですが、兎に角、終始楽しげなのがイイ。非常にイイ。
僕の記憶と彼女の記憶は時に食い違い、時に欠落しているのだけれど、それを補完してくれる過去篇──それこそまさに"あのとき"──が、更に別の人物の視点で描かれるという構成もニクい。二人の記憶の答え合わせをしている気持ちになれてしまう。
何かが始まるとき、今がそのスタート地点だと意識できることなんてなかった。だから仮に、あのときと呼ぼう。
なるほどなぁ。
人には誰しも、振り返れば"あのとき"があるのでしょう。それは意外と、昨日から始まっているのやも知れません。積読の山から『ロスト・シンボル』を引っ張り出したのが、僕の"あのとき"だったワケだ!
そして時は再び現代に戻り、僕と石井さんと、そして多くの人たちが、ほんの少しずつ関わりあって生まれた、小さな小さな羽ばたきが、一体どんなバタフライ効果を生み出すのか!?
なんて、「~のか!?」が付いちゃうような派手さはないのだけれど、とても、清々しい想いの残る一冊でした。
僕は割と、結末はしっかりと描いて欲しい性分なのですが、この作品に関しては、最後のページのその先を、あのとき始まったことのすべてを踏まえて、好き勝手に、都合よく、想像させてもらおうと、創造させてもらおうと、心に決めたのです。
- 『壇蜜日記』壇蜜 (2014年11月27日更新)
- 『消失グラデーション』長沢樹 (2014年10月23日更新)
- 『さよなら、そして永遠に』ロザムンド・ラプトン (2014年9月25日更新)
- 紀伊國屋書店渋谷店 竹村真志
- オーストラリア出身(生まれただけ)、5人兄妹(次男)、姉が年下(義理の)…と、自己紹介のネタにだけは事欠かない現在書店員8年目。欲しいモ ノは、中堅としての落ち着き。 エンタメは言うに及ばず、文学、ミステリ、恋愛、SF、外文、ラノベにBLまで、基本的にジャンルを問わず何でも読みます(でも時代小説はそんな に読まないかも…)。 紹介する本も「ジャンル不問。新刊・既刊も問いません」とのコトなので、少しでも、皆様の読書のお供になるような一冊を紹介出来ればと思いますの で、一年間、宜しくお願い致します!