『サナキの森』彩藤アザミ
●今回の書評担当者●紀伊國屋書店渋谷店 竹村真志
伊坂幸太郎、貴志祐介、道尾秀介の三氏が選考委員を務めるというコトで非常に気になっていた、新設の「新潮ミステリー大賞」第1回受賞作が発売されました。
好きな作家さんが見事に名を連ねて選考委員を務めているのだから、それはとても楽しめるだろうなと、次回以降も非常に楽しみな文学賞です。
今月の一冊はその栄えある受賞作、彩藤アザミさんの『サナキの森』(新潮社)です。
売れない小説家だった祖父が亡くなった。
コロコロ変わる筆名で、いわゆるエログロナンセンスというヤツを特に書いていたようなのだが、私──荊庭紅(いばらば こう)にとっては本当に優しい、ただのお祖父ちゃんだった。
祖父の書斎の本棚には、自身が手がけた作品が収められた大きな本棚があり、まだ小さかった私でも手が届くようにと、内容なども踏まえて(何せエログロ小説家である)、左下から順に祖父が並べ替えてくれていたのだった。
そんな祖父の家を整理していたとき、本棚の最も右上――つまり祖父が最後に読んで欲しいと配置した本『サナキの森』を手に取った紅は、そこに挟まれた祖父からの手紙を受け取る。
「遠野の小村の神社に隠してある、鼈甲の帯留めを探して欲しい」
祖父の遺言(?)を受け、遠野へとやって来た紅は、珍しい「荊庭」の名前を知っているという少女・泪子と出逢う。
泪子の実家、東条家で80年前に起きた密室殺人。それは、『サナキの森』で描かれた"呪い"と驚くほど酷似していた。
はたして、祖父は何かを知っていたのか?
そして《鼈甲の帯留め》は80年前と何か関連があるのか......!?
特に貴志・道尾両氏が賞賛したという作中作の怪奇譚。
物語は、孫娘・紅のパートと、祖父の書いた件の怪奇譚が交互に進展していくのですが、前者はオビでも「ラノベ的文体」と謳われるユルい文章で描かれ(なにせ主人公は、祖父の売れないエログロナンセンスを愛したひきこもりのオタク女である)、後者は旧字体と旧仮名遣いで雰囲気たっぷりにしたためられております。読みにくいようでいて、何となく字面や文脈から新字体を割り出せる感じも、一種の謎解きみたいでした。
なるほど、自覚的に文体を使い分けているのはお見事で、センスを感じます。
なにより、「こんなん出来ますよー!」というデビュー作感がイイ。
トリックに派手さは無いのですが、陰惨なホラーミステリーかと思いきや、気恥ずかしいくらいに甘酸っぱい部分もあり(あらすじからは想像出来ませんが...)、何より祖父が孫へ遺した手紙の真意みたいなものにはハッとさせられ、読後感が良かったです。うん、やっぱりこういう作品が好きだな、僕は。
また、今後が楽しみなお方が現れました。
新潮社さん、お願いします!しばらく選考委員の方は変更しないで下さい!!
御三方も、人気作家ゆえ御多忙とは存じますが、是非とも素敵な作品・作家さんの評価・発掘を宜しくお願い致します!
- 『さよならの代わりに』貫井徳郎 (2015年2月26日更新)
- 『ダンジョン飯(1)』九井諒子 (2015年1月29日更新)
- 『あのとき始まったことのすべて』中村航 (2014年12月25日更新)
- 紀伊國屋書店渋谷店 竹村真志
- オーストラリア出身(生まれただけ)、5人兄妹(次男)、姉が年下(義理の)…と、自己紹介のネタにだけは事欠かない現在書店員8年目。欲しいモ ノは、中堅としての落ち着き。 エンタメは言うに及ばず、文学、ミステリ、恋愛、SF、外文、ラノベにBLまで、基本的にジャンルを問わず何でも読みます(でも時代小説はそんな に読まないかも…)。 紹介する本も「ジャンル不問。新刊・既刊も問いません」とのコトなので、少しでも、皆様の読書のお供になるような一冊を紹介出来ればと思いますの で、一年間、宜しくお願い致します!