『ゆめのちから』盛田淳夫
●今回の書評担当者●農文協・農業書センター 谷藤律子
はじめまして。農文協・農業書センターの谷藤律子です。
当店はその名のとおり、版元である農文協(農山漁村文化協会)の直営店です。そして日本でただひとつの農業書専門書店です。20年ほど大手町のJAビル内で営業していましたが、昨年、本の街・神保町に移転してきました。神保町の中心、岩波ホールのとなりのビルの3階です。
農業書専門店といっても農業書だけではありません。林業・漁業、環境、食文化、料理など農から派生する分野を広く扱っています。また、当店の特色としては全国のJAや研究機関、肥料会社、個人の農家さんや農業グループなど、一般には流通しない自主企画の書籍を独自に仕入れています。こんななかからロングセラーが生まれたりするんですよ。
そんなわけで、これから一年間、農業寄りの書籍をご紹介することになると思います。
とはいえ、わたくし実は本社からの転勤で、書店員はやっと2年生。同じ会社内での異動なのに出版社と書店はまるで別世界! わからないことだらけでまだまだ右往左往しています。どうぞお気軽にお付きあいください。
さて、今回ご紹介するのはダイヤモンド社「ゆめのちから」。Pascoブランドでおなじみの敷島製パンが国産小麦100%のパン「ゆめちから」をつくり、世に出すまでのストーリー。タイトルは、北海道産の国産小麦品種、「ゆめちから」にちなんでいます。
そりゃ町のパン屋さんや家庭でつくるなら国産小麦100%、ありえるでしょう。でも、スーパーだったらたいていどこでも置いているPascoですよ?業界第2位の大手メーカーでそんなこと可能なのか? 本書にも記載がありますが、日本の現在の食糧自給率は39%。そのなかでも小麦は11%、さらにそこから麺類用をのぞき、パン用の小麦だけに限るとなんと3%!これでどうやってPascoの国産小麦パンが食卓に届くのか?!
でもやらねばならぬのだ。著者の敷島製パン社長・盛田淳夫は言います。
「日本の食糧自給率が低下の一途をたどっている現在、国産小麦の需要向上に務めることで社会に貢献できるのではないか。私はこの事業は一生を賭してやるべき取り組みだと思っています。天啓といってもいいかもしれません」。
「ゆめちから」という優良品種も一朝一夕にできたわけではありません。開発されてからも一年一年十勝をまわって協力してくれる栽培農家を増やしていく。品種を改良する研究所、生産者グループ、製粉会社、製パン研究者や工場、宣伝担当、売り場担当者まで膨大な人々の「夢の力」がつながっていく。
読み進めるうちに考えさせられるのは仕事ってなんだろうということ。事業なんだから儲けなくてはならない。そりゃそうだけど、理念や理想があってこその儲けではないかな。
いま問題のTPPはこれとは対極の考え方だ。各国の世界中で関税という名のアドバンテージをとりはずし、ノールールで競争すれば物価は安くなり世の中は発展する。
1%の人々にはそうかもしれない。でもその時残るのは99%の敗者の荒田だ。
人々を幸せにしたい。この国に貢献したいという思いが先に立って多くの人が前進した時、幸せに生きていけるだけの利益は後からついてくるのではないだろうか。
北海道でつくれる小麦生産量にも限界があるし、「ゆめちから」も小売価格は当初の300円から230円までギリギリ営業努力。このパンがバカ売れしてどんどん作ってPascoが大儲けなんてことは最初から射程に入ってないのだ。それでもこのパンはきっと幸せの味がする。読後、スーパーに駆け込みたくなります。
- 農文協・農業書センター 谷藤律子
- 版元の農文協直営、日本で唯一の農業書専門店です。農林漁業・地域行政・環境・ガーデニング・食文化など農に関する分野を幅広く集めています。出 版界には長くいるものの、本社事務職勤務から当店への転属により書店員業はやっと2年生。となり同士でも別世界にように違う本屋ワールドは見るも の新しく、慣れないながら日々精進中です。また、書店員のほか個人で作詞家としても活動しています。趣味は沖縄芸能で、三線を抱えて被災地の仮設 住宅やデイサービスなどを仲間たちと旅一座でまわっています。
<農業書センター公式サイト>http://www.ruralnet.or.jp/avcenter/