『深海でサンドイッチ 』 平井明日菜、上垣喜寛

●今回の書評担当者●農文協・農業書センター 谷藤律子

  • 深海でサンドイッチ 「しんかい6500」支援母船「よこすか」の食卓 (〈私の大学〉テキスト版)
  • 『深海でサンドイッチ 「しんかい6500」支援母船「よこすか」の食卓 (〈私の大学〉テキスト版)』
    平井明日菜,上垣喜寛
    こぶし書房
    1,944円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    HMV&BOOKS
    honto

 最大潜航深度6500メートルを誇る大深度有人潜水調査船「しんかい6500」。
 深く深く闇の海底へ沈んでいく乗員3名の小さな船の、船員に持たされたサンドイッチが「我に返る」ほどめざましくおいしいらしい......。もうこれで興味津々。

 タイトルはそのワンシーンを表していますが、本書は「しんかい6500」の支援母船「よこすか」の司厨部、船の料理人たちの物語。

 前述のサンドイッチのおいしさの秘密は惜しまぬ手間にある。まずパンは毎日船内で焼いているから焼きたてパン。船内で!? 大きな窯が必要なわけではなくホームベーカリーだそうです。なるほど。卵サンドに使うゆで卵も必ず当日の朝にボイル、決して作り置きをしない。サンドイッチはひとつひとつラップでくるむ。

「しんかい6500」の内部は乗員がひざをつきあわせなければならないほどせまく、その状況で調査をしながら潜航する。両手がふさがるお弁当では目標のサンプルを見失いかねない。そうえいばサンドイッチはカードゲームに夢中の伯爵がゲーム中も片手で食べられるようにと発明されたんでしたね。まさに本領発揮。

「しんかい6500」に限らず、母船「よこすか」の3度の食事や風呂掃除、ベッドメイキングにいたるまで司厨部の職人仕事は徹底している。「花毛布」って知っていますか。客室の毛布を折り紙のようにしてベッドの上に花や自然などをかたどって飾る高級ホテルなどで見られるサービスだ。豪華客船ならともかく探査船でこのおもてなし。

 日々の食事では刺身の盛り付けひとつにも美しさにこだわる。何不自由しない陸上ならともかく、材料もスペースも水さえも限られ、時化の時には水平さえ保たれない船内で工夫を重ね技術を磨き船員の健康を思いやる。

「食べさせることは休めない」。料理人の使命感はこの一言に尽きるかもしれない。人間は恒温動物で外気の状況に関わりなく一定の体温を保っている。外気温が下がれば冬眠などができる変温動物と違って、そのエネルギーを補給するために毎日食べ続けなければならない。でもその本能のなんと幸せなことか。「食べさせる」ことに全精力をそそぐ職人たちの物語を読んで、「食べ続ける生き物」に生まれた幸せを感じてしまった。

 航海も終わる頃には打ち上げパーティーがあり、格納庫にはオードブルや寿司、バーベキューまでが並ぶ。基本的に船は一期一会。船員も研究者も毎回顔ぶれは変わってくる。その名残を惜しみつつ分けあう料理はどんなに美味だろう。「よこすか」、乗ってみたいな。

« 前のページ | 次のページ »

農文協・農業書センター 谷藤律子
農文協・農業書センター 谷藤律子
版元の農文協直営、日本で唯一の農業書専門店です。農林漁業・地域行政・環境・ガーデニング・食文化など農に関する分野を幅広く集めています。出 版界には長くいるものの、本社事務職勤務から当店への転属により書店員業はやっと2年生。となり同士でも別世界にように違う本屋ワールドは見るも の新しく、慣れないながら日々精進中です。また、書店員のほか個人で作詞家としても活動しています。趣味は沖縄芸能で、三線を抱えて被災地の仮設 住宅やデイサービスなどを仲間たちと旅一座でまわっています。
<農業書センター公式サイト>http://www.ruralnet.or.jp/avcenter/