『990円のジーンズがつくられるのはなぜ?』長田華子
●今回の書評担当者●農文協・農業書センター 谷藤律子
ユニクロの登場は鮮烈だった。
とにかくびっくりするほど安い。それでいてセンスも悪くない。小遣いの少ない若者に爆発的に指示された上、中年層、老年層にも受け入れられるデザイン、それまでスーパーの2階で売ってるゴルフシャツを着てるようなおじさんたちのファッションレベルを一気に引きあげたとも言われた。1000円のシャツ、3000円のダウンを売るためのテレビCMに有名タレントを多数起用。安いけれど安物ではないイメージ戦略、まさに日本のファッション革命だった。でもある時から思ったことはありませんか。なぜこんなに安くできるのだろう......。
本書はユニクロに限らず、世界中のアパレル産業がバングラディッシュで行っている生産現場の影を明らかにしている。990円のジーンズを売りたいと思っても当然のことながら布をケチるわけにはいかない。小さなポケットなどの多いジーンズの作業は実に66工程。生地点検からはじまり洗浄・乾燥→裁断→検査→縫製(ここが細かい)→仕上げ→検査→箱詰め→出荷、こちらも省略することはできない。必然的に「安くあげる」ことができるのはひとつだけ。そう、人件費。
著者はまず第1章で、ほとんどが女性の工員たちの給料と生活形態をレポートする。この構成が事実をすんなり伝えることに成功している。
多くは貧しい農村出身で月給は日本円で5000円程度。その中から家族に仕送りをしている人も多い。最貧国、後進国に雀の涙のような給料で生産させる「先進国/後進国」の差別的構造も大きなテーマだが、読み進めるうちに気づかされるのは、そんな中でも「女性は家にいろ」「教育は必要ない」などの習慣からほかの仕事につきにくい、結果安くで使われてしまう女性差別の問題、貧しさから幼いうちに働きにでるしかない児童労働の問題までが浮き彫りになる。粗悪な労働環境、記憶に新しい工場ビルの崩落事故......。
小学校高学年くらいからを対象にしているのだろう、終始語り口がやさしく、声高に現実を糾弾する口調ではないためすんなり読みやすく、それでいて事実は重く鮮明に伝わってくる。
読んでいるうちに、もう激安衣料は買う気がしないなあと思ってくるが、それもまた解決にはならないと著者は言う。不買運動などは結局、さらなる低賃金や解雇をまねきやすいからだ。990円だったジーンズが1500円になったら? 3000円になったら? その価格をあなたは受け入れられますか? 解決のヒントはそこにある。
安いことの価値はもちろん大事。自分も十分その恩恵を受けて今の日本社会で生きている。でも2016年、そろそろ疑問を持ってもいいんじゃない? 80年代頃に比べて物価はいろいろ安くなった。100円ショップの登場も鮮烈だったな。
でもそれは今の自分を本当に幸せにしているだろうか。
今年に入ってからも廃棄食品の横流し、激安バスツアーの事故など安さを求めた結果の非人道的な事件が続く。正当な賃金、正当な価格で防げた悲しみだったのではないだろうか。それは他人事ではない。
誰かのための人道的意義に、あなたは自分の財布がもう少し痛むことを受け入れられますか? それが問われているのだと思う。
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- 農文協・農業書センター 谷藤律子
- 版元の農文協直営、日本で唯一の農業書専門店です。農林漁業・地域行政・環境・ガーデニング・食文化など農に関する分野を幅広く集めています。出 版界には長くいるものの、本社事務職勤務から当店への転属により書店員業はやっと2年生。となり同士でも別世界にように違う本屋ワールドは見るも の新しく、慣れないながら日々精進中です。また、書店員のほか個人で作詞家としても活動しています。趣味は沖縄芸能で、三線を抱えて被災地の仮設 住宅やデイサービスなどを仲間たちと旅一座でまわっています。
<農業書センター公式サイト>http://www.ruralnet.or.jp/avcenter/