『明智小五郎事件簿 7 吸血鬼』江戸川乱歩
●今回の書評担当者●八重洲ブックセンター八重洲本店 内田俊明
著作権切れにともなって、各社から続々と出版されている江戸川乱歩作品。中でも集英社文庫の「明智小五郎事件簿」というシリーズは、名探偵・明智小五郎が登場する事件を、作品中の描写から推定して、年代順に並べることで、他社の作品集との差別化を図っている。
推定を担当しているのは、歯学博士にして探偵小説研究家・翻訳家の平山雄一氏で、各巻に付されている「明智小五郎年代記」という氏の文章は、著者が意識していない作中の時期を推定するという知的遊戯の興味深さに加え、その時代のいろいろな事象が詳しく語られており、楽しく読ませる。
先月出た最新刊は「吸血鬼」。平山氏の年代記によると、「一九二九年の九月末から十二月半ばにかけて発生した事件」らしい。開巻劈頭の、一人の未亡人女性をめぐる男性ふたりの奇妙な決闘から、唇の無い骸骨男の暗躍、女性の息子の誘拐、石膏像に閉じこめられた全裸の女性死体、そして終盤で現れる、氷柱花のごとき母子の氷詰め死体まで、見せ場また見せ場、謎また謎の波状攻撃が続く。明智小五郎の登場する長編では、いちばん面白い作品だと思う。年代記で語られる当時の世相と、作品内容がほとんどリンクしていないのも面白い。この憂き世を反映させないところが、乱歩永久不滅の最大要因だろう。
私が「吸血鬼」を初めて知ったのは小学生のとき。ポプラ社の少年探偵シリーズで読んだ「地獄の仮面」と改題された版だ。現在の少年探偵シリーズは、乱歩が子供むけに書いた、おもに怪人二十面相が登場する全26冊だが、昔は大人むけの作品をリライトしたものを加えた全46冊の構成となっていた。著者はあくまで乱歩名義だったので、実は別の人がリライトしていると知ったのは大人になってからだった。
大人になってから知ったのはそれだけではない。この少年探偵シリーズのリライト編、改題されて書き直されているとはいえ、エログロのエロ部分が取り除かれているだけで、けっこうグロ部分はそのままだったのだ。改題された「地獄の仮面」も、未亡人倭文子の悪女的な部分が全くなくなって、そのためラストも改変されてはいるが、先にふれた猟奇的な部分も含めてあとはだいたい「吸血鬼」と同じだ。こういう露悪性に子供のころからふれておくことも、その後の人生の彩りや深みにつながるはずなので、いつか少年探偵シリーズのリライト編には復活してほしいと、ずっと思っている。
話を集英社文庫版に戻そう。皆川博子、法月綸太郎、万城目学、恩田陸など、各巻の解説を当代の有名作家が書いているのも、このシリーズの特長だ。「吸血鬼」の解説は麻耶雄嵩で、江戸川乱歩作品の耽美的・猟奇的な面を「乱歩部分」、謎解きミステリーとしての面を「江戸川部分」と呼び、おもに江戸川部分に注目して「吸血鬼」のミステリーとしての構成を精緻に説きあかすという、本格ミステリーの名手らしい、凝りに凝った解説を寄せていて、こちらも実に楽しい。傑作にいろいろな角度から光を当て、新たな面白さを感じさせてくれる好シリーズだ。
- 『春は馬車に乗って』横光利一 (2016年11月10日更新)
- 『恩讐の彼方に 忠直卿行状記』菊池寛 (2016年10月13日更新)
- 『絹の変容』篠田節子 (2016年9月8日更新)
- 八重洲ブックセンター八重洲本店 内田俊明
- JR東京駅、八重洲南口から徒歩3分のお店です。5階で文芸書を担当しています。大学時代がバブル期とぴったり重なりますが、たまーに異様に時給 のいいアルバイトが回ってきた(住宅地図と住民の名前を確認してまわって2000円、出版社に送られた報奨券を切りそろえて1000円、など)以 外は、いい思いをした記憶がありません。1991年から当社に勤めています。文芸好きに愛される売場づくりを模索中です。かつて映画マニアだった ので、20世紀の映画はかなり観ているつもりです。1969年生まれ。島根県奥出雲町出身。