『雑誌倶楽部』出久根達郎

●今回の書評担当者●八重洲ブックセンター八重洲本店 内田俊明

 これまで、おもに過去の日本の小説について書いてきたが、今回はちょっと毛色の違う本を。古書店主にして直木賞作家の出久根達郎が「月刊ジェイ・ノベル」に連載していた『雑誌倶楽部』(実業之日本社)である。明治から昭和30年代までの、いろいろな雑誌を、その中の記事とともに紹介している。2014年に刊行されて少し話題になった本だが、読みそびれていた。

 紹介されている雑誌は「文藝春秋」「実業之日本」「宝島」といった、耳慣れた総合誌よりも、いわゆる倶楽部雑誌、実話雑誌などの大衆誌が多い。出久根氏の興味がおもに、当時の人々の生活を知ることに向いているからだろう。「キング」「新青年」「大衆文藝」「面白倶楽部」「婦人世界」「実話時代」「犯罪科学」「あまとりあ」「少女の友」「幼年倶楽部」「料理の友」などなど、エログロから実用まで、また老若男女あらゆる層まで多岐にわたって、興味深い記事が紹介されている。

 たとえば、文藝春秋社が戦前に出していた「話」という実話誌の、引用された記事タイトルを見てみる(昭和10年7月号)。「ビール会社はどの位儲けてゐるか」「本当にあつた最近の怪談」「小資本でできる商売案内」「世界猟奇の島を探る」「銀座女給変り種列伝」「『花嫁の寝言』から心中した男」「銀座ギャングの体験を語る」「男二人・女一人無人島漂流記」「古今濡れ手で粟のボロ儲け話」......

 今も昔も雑誌というのは、見出しが扇情的であればあるほど羊頭狗肉だったりするが、出久根氏が選んだ記事が紹介されているのでどのページも面白く、とても興味深く読める。

 またこれらは、ネットはおろか、一部はテレビもラジオすらもなかった頃の雑誌たちである。今とは読む側の熱意、集中度が違っていたであろう。いっぽうで、実話雑誌の本当か作り事か判らない記事のように、今日の意識で考えると正確性や人権意識に欠けた内容が多いということもある。よく言えばおおらか、悪く言えばがさつ、である。

 もっとも、この本でもしばしば触れられている、若者向け雑誌の定番だった読者同士の文通コーナーなどは、90年代に入ったあたりまでは存在していた。もちろん一般人の住所と本名が載っていた。文通というもの自体が廃れてしまったせいもあるが、プライバシー意識が大幅に変化したのはここ20年くらいということも、覚えておいたほうがよいだろう。まあ、昔の「平凡」に映画スターの住所が番地まで載っていたというのは、さすがに時代を感じるが。

 小説もいくつか紹介されているが、「大衆文藝」の章で取りあげられていた山手樹一郎の「死損ひ記」という作品はとくに印象に残った。幕末を生きぬいたかつての御家人・平五郎の回想記の形をとっている。戊辰戦争で奮戦するが官軍に捕らえられ、処刑される寸前で助かり入獄、明治にはいってから大赦で釈放され、なじみになった女と暮らしながら昔をしみじみと思い出す。大衆時代小説によくある筋立てだが、凝った言い回しや滋味のある挿話がいい。もちろん出久根氏の紹介の仕方が上手いからというのもあるけれど。

 中身の興味深さはもちろん、読んでいると、総合的な娯楽を雑誌が担っていた時代のエネルギーが伝わってくる。そして先述のとおり、それは遠い過去の話ではないのである。いま「総合的な娯楽」自体が失われようとしていることに、あらためて愕然とする。

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八重洲ブックセンター八重洲本店 内田俊明
八重洲ブックセンター八重洲本店 内田俊明
JR東京駅、八重洲南口から徒歩3分のお店です。5階で文芸書を担当しています。大学時代がバブル期とぴったり重なりますが、たまーに異様に時給 のいいアルバイトが回ってきた(住宅地図と住民の名前を確認してまわって2000円、出版社に送られた報奨券を切りそろえて1000円、など)以 外は、いい思いをした記憶がありません。1991年から当社に勤めています。文芸好きに愛される売場づくりを模索中です。かつて映画マニアだった ので、20世紀の映画はかなり観ているつもりです。1969年生まれ。島根県奥出雲町出身。