『ローカル線で地域を元気にする方法』鳥塚亮
●今回の書評担当者●三省堂書店営業本部 内田剛
僕はたびたび旅に出る。とりたてて熱心な鉄道ファンではないが、本屋に行けば必ず立ち寄るのが旅行書と鉄道本のコーナーだ。
先日も何気に手にしたのは『ひとり、ふらっと鉄道』大野雅人(イースト・プレス)。これは首都圏を中心にすこしだけ遠出して癒しの旅が体験できる鉄道を55路線、紹介したビジュアルも爽やかな一冊であるが、最も印象に残った路線は「いすみ鉄道」であった。内房線の五井から外房線の大原を結ぶこのローカル線。城ファンならば途中駅の大多喜の地名くらいはわかるはずだが、今回の「ポイント」はそこにあらず。無人駅から30分歩いた丘の公園に並べられた車両は、かつて北陸鉄道や銚子電鉄などを走っていたもの。さらにそこは農産物直売所となっていて新鮮卵が買える場所でもある。懐かしい夢を見ているような光景に心を奪われた。(ちなみのこの次に読む予定が、愛すべき交通新聞社新書の10月新刊『チャレンジする地方鉄道』でその第1章の「第三セクターの個性派社長」でいすみ鉄道を紹介。今から楽しみだ。こうした本の連結がとても嬉しい。)
前置きが青函トンネル並みに長くなってしまったが、ようやく本書との出合いである。表紙は森の中をこちらへ向かって真っすぐ走るいすみ鉄道の急行車両。思わず吸い込まれてしまいそうになったが、単線ではあっても決してこれは単なる鉄道本ではない。赤字続きで廃線寸前だったローカル線の立て直しをはかる一人の男の生き様が凝縮された熱い力が漲った一冊である。
著者の鳥塚亮氏は東京生まれの東京育ち。外資系航空会社に勤務する傍ら、鉄道DVDの製作会社を主宰するという、これまでのキャリアをなげうってこの困難な事業に身を投じた公募社長。その日々の苦闘ぶりが生々しい肉声で再現されていて、実に面白い(Y教授風に)。「電車は電気ではなく、『大人の事情』で走っている。」「できない理由を探しているようではダメ」「幸せというのはなれるかなれないかではなく、なるかならないかである」など、印象に残る言葉やシーンがたくさんある。極力お金をかけずに観光鉄道として生き残るためには、わかりやすいキャッチと前例のない斬新な工夫が必要である。
とりわけ印象深いのは逆説的なアプローチ。"いすみ鉄道は「乗らなくてもよい」鉄道です"、なんて一瞬ドキッとさせられるが、その本音は乗らずとも車で来て、お土産だけでも買って帰ってください、という意味だから、なるほどである。「枕木オーナー」「車両オーナー制度」「サポーター制度」などでリピーターとなるべきファンを増やし、ムーミン電車(ちなみにゆるキャラはNG!その理由は本書で)などでさらに幅広い世代に愛される要素を採り入れる。
赤字の垂れ流し、非採算事業というネガティブなイメージがありながら地元にとっては貴重な足であるローカル線。人のいない場所に様々なアイディアをもって集客をしていく理論と実践は、様々なビジネスの場面にも応用できそうである。
これはひとつの鉄道再生の物語というよりは、前向きに突き進む個人の意識改革や、地域活性化のため、さらには日本の未来に向けた提言をも含んでいる。そう、確実に元気になれる一冊なのだ。何もないようでも、僕らが忘れかけていた希望とガイドブックには載っていない温かさがここにある。今をときめく三陸鉄道もいいけれど、昭和の原風景を探しに、さあ、いすみ鉄道を見に行こう!
<お詫び>
前回(8/22更新)の書評内において不適切な表現があり一部読者の方に誤解を与えてしまったこと、この場を借りて深くお詫び申し上げます。
- 『いくつ分かる? 名作のイントロ』中江有里 (2013年8月22日更新)
- 『鉄道が変えた社寺参詣』平山昇 (2013年7月25日更新)
- 『愛しのインチキガチャガチャ大全 ーコスモスのすべてー』池田浩明 (2013年6月27日更新)
- 三省堂書店営業本部 内田剛
- うお座のA型で酉年。書店員歴うっかり23年。 沈黙と平和をこよなく愛する自称〝アルパカ書店員〟 不本意ながらここ最近、腰痛のリハビリにはまっています。 優柔不断のくせに城や野球など白黒つくものが好き。 けっこう面倒な性格かもしれませんが何卒よろしく。