『鉄塔 武蔵野線』銀林みのる
●今回の書評担当者●紀伊國屋書店仙台店 山口晋作
本屋で働いていると、なお一層感じるのですが、「鉄道」がブームのようですね。JTB時刻表通巻1000号は驚くほど売れましたし、紀行文、旅行ガイドから写真集、マンガまで出版点数はかなり多くなっているようです。毎月のように創刊される分冊百科に至っては、把握しきれないという同業者のかたも多いのではないでしょうか。
その鉄道本ブームの嚆矢となった(と思われる)宮脇俊三さんが、ある日新聞を開いたら、「新日鉄」という文字が飛び込んできて、はて、そんな鉄道あったかなと考えてしまったというエピソードが、著作のどこかに書かれてましたが、たぶんこの本を店頭で見たら、間違えて買ってくれたんじゃないかな。
私も、以前沿線に住んでいた縁で、ハッとなって本書を手に取ったのですが、これはJRの武蔵野線でなくて、東京電力が管理する送電線の武蔵野線のことなんですね(ってタイトルを見ればわかりますけどね)。
小学校五年生の見晴が、近所の鉄塔に「武蔵野線75-1」という名札を見つける。隣の鉄塔は75-0だろうか75-2だろうかと、行ってみると76と書かれている。81まで辿り、終点の変電所を見つける。では逆に進めば1番があるのだろう、きっとそこには秘密の原子力発電所があるんだ!と武蔵野線を辿るという冒険小説です。
ああ!これなんだ!と感激しました。無性に懐かしい気持ちになりました。
小学生とは懐かしい時代です。あの頃は楽しかったなと、ときどき思い出しては昔歩いた道を辿って、駄菓子屋で驚異的に安いお菓子を食べ、通っていた小学校に忍び込み、当時公衆電話があった場所に電話線を通す穴が開いているのを発見して悦に入ってみても、どうしても物足りないところがあったのですが、この小説を読んで、その足りないものがなんなのかが分かったような気がしました。たぶん、それはあの世界の狭さなのでしょう。
今では、知らないことは本なりネットで調べれば客観的事実については、すぐにわかりますし、車の運転の仕方も地図の見方も知っている。隣町くらいであれば住んでいる人も、排他的なところはあるかもしれないが、大まかにいえば自分と同じような人間で、想像がつかないようなことは滅多にないことを知っている。ついでに言えば、オバケはいないような気がする。
でもきっとそれはあれから20年くらい生きて得たもので、あの頃は本当に知らなかった。知らないから世界は何があるか分からなくて、どきどきしっぱなしだった。自分の世界が狭いぶん、外の世界はだだ広かった。そんな日々だったんだなぁとたまらなく懐かしくなる一冊なのでした。
- 『聖の青春』大崎善生 (2009年5月21日更新)
- 紀伊國屋書店仙台店 山口晋作
- 1981年長野県諏訪市生まれ。アマノジャクな自分が、なんとかやってこれたのは本のおかげかなと思いこんで、本を売る人になりました。はじめの3年間は新宿で雑誌を売り、次の1年は仙台でビジネス書をやり、今は仕入れを担当しています。この仕事のいいところは、まったく興味のない本を手に取らざるをえないこと、そしてその面白さに気づいてしまうことだと思っています。