『アシモフの雑学コレクション』アイザック・アシモフ
●今回の書評担当者●紀伊國屋書店仙台店 山口晋作
『アシモフの雑学コレクション』は愉快な雑学集です。
『鷲は亀を岩に落下させ、甲羅を割って食べる。ギリシャ時代の劇作家アイスキュロスは、岩とまちがえられ、頭に亀を命中させられて死んだと伝えられる。』
『アメリカの霊長類研究所で、十七組のゴリラの母子を観察した。母と子の二匹だけを檻に入れると、母ゴリラは必ず子を虐待する。グループで生活させると、子に母親らしい愛情を示す。』
といった短文が、無数に収録されています。少なくとも、一番目のものからは、どんな教訓を学べばよいのか全くわかりませんが、読んでいるだけで楽しい。楽しいだけでなく、こういうエピソードを知っておくと、いざというときに強いな、という気もします。いざがいつだか見当もつきませんが。
詩集から、専門書、料理の本まで、本の形で売られているものは様々ありますが、そのうちの何割かは知識を求めて買われるもので、本屋はそういう「更なる知識を得たい」という欲求に支えられていると言えます。
しかし、近年その「知識」というものの在り方が変わってきたのも事実です。つまりネットで検索すれば瞬時に答えがでてしまうものがある。たとえば「日本プロ野球史上、もっとも安打を打ったのは張本勲で、その数は3085本である」という知識は、以前は「ベースボールレコードブック」などを買った人だけが知ることであり、漠然と王か長島じゃないかと想像しているファンを圧倒したものでしたが、今やグーグルで検索してしまえばすぐにわかる。また長嶋一茂の通算成績は、「ベースボールレコードブック」には載っていないのですが、Wikipediaをみれば立ちどころにわかってしまう。
もちろん、知らないよりは知っているほうが良い。しかし、それが小学生でも調べればわかってしまうようなことであれば、以前ほどの価値はないでしょう。今まで尊敬を集めていた物知りな人は威張れなくなり、本は売れなくなる。そうなると非常に困るのですが、これからそういう知識を持つことの代わりとなるのは、必要な情報を正確に検索し読み取る力と、そしてこの本に書かれているような、知ろうとも思わないような知識ではないかと思うのです。
知ろうとも思わないで得てしまった知識は、答えの形をしていない分、示唆的です。一つ以上のことに気づき、二度目に出会えばまた別のことに気づくかもしれません。(もとよりなにも学ぶことはない可能性も大いにありますが)。また、知識へのアクセスが容易になりすぎた今、知識欲を健康的に満たすためにも、こういった雑学はますます求められるのではないでしょうか。人気番組「トリビアの泉」の冒頭で、アシモフ博士の「人間は、無用な知識(トリビア)を得ることで快感を覚える唯一の動物である」 という言葉が紹介されていましたしね。
- 『宇宙創成』サイモン・シン (2009年7月16日更新)
- 『鉄塔 武蔵野線』銀林みのる (2009年6月18日更新)
- 『聖の青春』大崎善生 (2009年5月21日更新)
- 紀伊國屋書店仙台店 山口晋作
- 1981年長野県諏訪市生まれ。アマノジャクな自分が、なんとかやってこれたのは本のおかげかなと思いこんで、本を売る人になりました。はじめの3年間は新宿で雑誌を売り、次の1年は仙台でビジネス書をやり、今は仕入れを担当しています。この仕事のいいところは、まったく興味のない本を手に取らざるをえないこと、そしてその面白さに気づいてしまうことだと思っています。