『ぼくと1ルピーの神様』ヴィカス・スワラップ

●今回の書評担当者●紀伊國屋書店仙台店 山口晋作

  • ぼくと1ルピーの神様 (RHブックス・プラス)
  • 『ぼくと1ルピーの神様 (RHブックス・プラス)』
    ヴィカス スワラップ,ヴィカース スワループ
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「人は幸せになるために生きている。幸せになれそうもないなら、生きている意味はない」と短絡的に考え、早めに人生を諦めてしまう人のニュースを見ることがあります。この考え方は直感的に間違っていると判断できるのですが、なぜ間違っているのかを理論的に説明するのは難しくて困る。理屈で語るものでないという人もいる。理屈で説明できなければ物語でしょう。

『おくりびと』と『つみきのいえ』がそれぞれ外国語映画賞と短編アニメ映画賞を受賞して話題になったのが、第81回アカデミー賞でしたが、ここで最多の8部門を受賞したのが、イギリス映画の『スラムドッグ$ミリオネア』、そしてその原作が『ぼくと1ルピーの神様(原題:Q&A)』です。

みのもんたが司会を務めていたテレビ番組「クイズ$ミリオネア」が、イギリスの有名番組の数多ある各国版の一つであるのはよく知られたことですが、そのインド版から話は始まります。

ラマ・ムハンマド・トーマスというヒンドゥー、イスラムそしてキリスト教の名を持つ主人公は、この番組で問題を10問連続して正解しますが、貧しく無学であるはずの彼に不正がなかったはずがないと逮捕されます。なぜ彼はその十問を正解できたのか。話のネタをばらしても仕方ないのですが、トリックはありません。彼は答えを確かに知っていたのでした。そしてなぜその答えを知っていたかがそれぞれ一章ずつ語られます。

クイズ番組は、知識や経験の多寡を競い、多いものが勝ち、それが賞賛されるものです。しかしラムのそれは自ら望んで得たものではない。宗教、戦争、貧困、アルコール、性と暴力というのは世界全体が抱えている問題ですが、それがより表出しているインドで、望まずして彼が知ってしまったこと、経験してしまったことが、彼を十問の正解に導いたのでした。

クイズの答えを知っていることが喜べない、読者のサディスティックな期待に100パーセント答えてしまうくらいの重い環境、ツキや運という言葉が無縁に思えるくらいに、うまくいかない巡り合わせ。そんな中でも、絶望することも悲観することも諦めることもなく、宗教とは別のレベルでの信心・信念を持ち、人との関係を築き、運命を切り開いていく彼の姿を追いながら、こういう物語が初めにあげた問題に対する一つの答えになるのかもしれないなと思ったのでした。

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紀伊國屋書店仙台店 山口晋作
紀伊國屋書店仙台店 山口晋作
1981年長野県諏訪市生まれ。アマノジャクな自分が、なんとかやってこれたのは本のおかげかなと思いこんで、本を売る人になりました。はじめの3年間は新宿で雑誌を売り、次の1年は仙台でビジネス書をやり、今は仕入れを担当しています。この仕事のいいところは、まったく興味のない本を手に取らざるをえないこと、そしてその面白さに気づいてしまうことだと思っています。