『安徳天皇漂海記』宇月原晴明
●今回の書評担当者●紀伊國屋書店仙台店 山口晋作
若いときには速い球を投げ込めていたピッチャーが、力で打者を抑え込めなくなってくる。しかし、コントロールや変化球、投球術は磨かれるので、技巧的に打ち取れるようになる。というのはよく聞く話で、トータルでプラスになるかマイナスになるかは、それぞれですが、年齢を重ねることで、若い頃の勢いは確かに失われるけれど、経験がそれをフォローするというのは、いろんな分野に言えることだと思います。
読書はどうでしょうか。学生時代は文庫しか買えなかったのに、働いて高い本が買えるようになるのは嬉しいことです。難しい漢字も読めるようになるし、重要でなさそうなところを省いて読む技術も身につく。反対に、忙しくて本を読む時間がないし、目が悪くなったので字が見づらくなった、というマイナスがあります。
さらに良くないのは、好奇心が磨り減ってくる、過去に読んだ作品と比べてつまらないと決めつけてしまいがちになる、いわゆる青春小説(いま発表されている小説の半数以上はこれに当たるのではないでしょうか)に温度差を感じてしまう、ということで、開店前の店で新刊の入ったダンボールを開けるとき、読みたいなと思う本が少なくなっていく。これはとても寂しいことです。
この「安徳天皇漂海記」はそんな女々しい気持ちをぶっ飛ばしてしまうほど、鮮烈な作品でした。
壇ノ浦の合戦で海に沈んだ安徳天皇が、その30年後に源実朝の前に玉に包まれた姿で現れる。そしてその二人が、それから60年後、元寇という未曾有の危機に直面していた日本を救う。という筋だけでは、「桃太郎が海を渡ってジンギスカンになった」のようなトンデモ話に見えてしまいますが、金槐和歌集をはじめとする史料史実を巧みに引用し、この話こそが歴史の真実であったのかもしれないと思わせる完成度があります。記紀の国産み、海彦山彦の神話、平安初期に起こった薬子の変、鴨長明、東方見聞録のマルコポーロまでも、教科書に載っている歴史を粉々に砕いて、驚くべき想像力と構成力で物語として作り直してしまっている。その精緻さにはただただ圧倒されるばかりで、元軍から日本を守ったとされる暴風雨、いわゆる神風を記紀の伝承と結びつけるところには、ため息がでるばかりでした。
この小説を分類すると伝奇小説に入るそうです。そういえば伝奇小説というのはあまり読んだことがありません。京極夏彦の文庫があまりに厚いのが原因のひとつかと思いますが、読んでいない分野というのもたくさんあり、好奇心が磨り減ったというのにはまだ早いようです。
作品の最後にも著者も明らかにしていますが、特に前半には太宰治の「右大臣実朝」の影響を感じますし、タイトルからしても澁澤龍彦の「高丘親王航海記」へのオマージュです。ということがわかってニヒヒと笑うことができるのも、読書経験のおかげであって、年齢を重ねるのも悪いことばかりでないなぁと思うのでした。
読書はどうでしょうか。学生時代は文庫しか買えなかったのに、働いて高い本が買えるようになるのは嬉しいことです。難しい漢字も読めるようになるし、重要でなさそうなところを省いて読む技術も身につく。反対に、忙しくて本を読む時間がないし、目が悪くなったので字が見づらくなった、というマイナスがあります。
さらに良くないのは、好奇心が磨り減ってくる、過去に読んだ作品と比べてつまらないと決めつけてしまいがちになる、いわゆる青春小説(いま発表されている小説の半数以上はこれに当たるのではないでしょうか)に温度差を感じてしまう、ということで、開店前の店で新刊の入ったダンボールを開けるとき、読みたいなと思う本が少なくなっていく。これはとても寂しいことです。
この「安徳天皇漂海記」はそんな女々しい気持ちをぶっ飛ばしてしまうほど、鮮烈な作品でした。
壇ノ浦の合戦で海に沈んだ安徳天皇が、その30年後に源実朝の前に玉に包まれた姿で現れる。そしてその二人が、それから60年後、元寇という未曾有の危機に直面していた日本を救う。という筋だけでは、「桃太郎が海を渡ってジンギスカンになった」のようなトンデモ話に見えてしまいますが、金槐和歌集をはじめとする史料史実を巧みに引用し、この話こそが歴史の真実であったのかもしれないと思わせる完成度があります。記紀の国産み、海彦山彦の神話、平安初期に起こった薬子の変、鴨長明、東方見聞録のマルコポーロまでも、教科書に載っている歴史を粉々に砕いて、驚くべき想像力と構成力で物語として作り直してしまっている。その精緻さにはただただ圧倒されるばかりで、元軍から日本を守ったとされる暴風雨、いわゆる神風を記紀の伝承と結びつけるところには、ため息がでるばかりでした。
この小説を分類すると伝奇小説に入るそうです。そういえば伝奇小説というのはあまり読んだことがありません。京極夏彦の文庫があまりに厚いのが原因のひとつかと思いますが、読んでいない分野というのもたくさんあり、好奇心が磨り減ったというのにはまだ早いようです。
作品の最後にも著者も明らかにしていますが、特に前半には太宰治の「右大臣実朝」の影響を感じますし、タイトルからしても澁澤龍彦の「高丘親王航海記」へのオマージュです。ということがわかってニヒヒと笑うことができるのも、読書経験のおかげであって、年齢を重ねるのも悪いことばかりでないなぁと思うのでした。
- 『質問』田中未知 (2009年10月15日更新)
- 『ぼくと1ルピーの神様』ヴィカス・スワラップ (2009年9月17日更新)
- 『アシモフの雑学コレクション』アイザック・アシモフ (2009年8月20日更新)
- 紀伊國屋書店仙台店 山口晋作
- 1981年長野県諏訪市生まれ。アマノジャクな自分が、なんとかやってこれたのは本のおかげかなと思いこんで、本を売る人になりました。はじめの3年間は新宿で雑誌を売り、次の1年は仙台でビジネス書をやり、今は仕入れを担当しています。この仕事のいいところは、まったく興味のない本を手に取らざるをえないこと、そしてその面白さに気づいてしまうことだと思っています。