『黄金の少年、エメラルドの少女』イーユン・リー

●今回の書評担当者●蔦屋書店熊本三年坂 山根芙美

  • 黄金の少年、エメラルドの少女
  • 『黄金の少年、エメラルドの少女』
    イーユン リー
    河出書房新社
    2,052円(税込)
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 短編小説を読むときには心してかからなければならない。
 たいていの場合、話の舞台は登場人物の生活圏内におさまり、大きな事件が起こるわけでもない。
 だけど、そこに人生がぎゅっと凝縮されている。私たちが何者なのか、この世界はどういったもので出来ているのか。
 そんなことがたった数十ページで語られたりするのだから、いっときも気を抜くことができない。

『黄金の少年、エメラルドの少女』も、そんな短編集だ。大きな事件どころか、表題作では登場人物ですらたったの3人しかいない。父子家庭に育った30代半ばの未婚の女性、彼女の学生時代の指導教授、そしてその息子。話の筋だって、いつまでも未婚の息子に同じ年の頃合で、やはり未婚の教え子との結婚をすすめる、という、たったそれだけで説明がついてしまう。

 それなのに、なぜだろう。
 文章の下で感情のうねりが。苦悩や、喜びが。
 つまりは「人間」というものが、確かにうごめいているのを感じる。

 人はひとりだ。
 さまざまな関係性の人たちと関わりあって生きていはいるけれど、それでも結局のところはひとりだ。
 イーユン・リーは、人がひとりでしかないことをつまびらかにしつつ、それでも冷たく突き放しはしない。苦悩を描いていても視点はどこか優しく、かつかすかな熱量をもって語られている。

 作者のイーユン・リーはデビュー作の『千年の祈り』(新潮社)が映画化もされた。北京に生まれ、現在はアメリカに住み英語で作品を発表している。
 つまり自分の生まれ育った国を外から見る立場にいるということで、批評的な視線でかの国を眺めている。
 でもそれは主題ではなく、あくまでも人間を語るところに物語としての成熟がある。

 タイトルだけを一見するとヤングアダルトものかと思ってしまうかもしれない。
 だけれど、内容はこれ以上なく大人びていて、人間を描いている文、丹念に追おうとすると人生経験に裏付けられた技術が必要になってくる。

 私にそのすべてが理解できるとは思わない。
 でも、10年前よりは確実に今のほうが理解できる。

 自分が、想像力に追いついてきた。
 そのことを、読書するたびになんとも嬉しく感じるのだ。

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蔦屋書店熊本三年坂 山根芙美
蔦屋書店熊本三年坂 山根芙美
生まれ育ちは山陰。大学進学で九州へ。お酒といえば芋焼酎というくらいにはこの地に馴染んだ頃。基本宵っ張りで丑三つ時に本を読んだり映画を観たり。映画鑑賞は趣味だと言えるけれど読書は趣味だとは言えない。多分業。外文偏愛傾向のある文芸・文学好き。