『バーナム博物館』スティーブン・ミルハウザー
●今回の書評担当者●蔦屋書店熊本三年坂 山根芙美
小さい頃から博物館や美術館が好きだった。
それぞれ時代や文化の異なる人の手による美術品や工芸品に囲まれていると、想像と現実や時の垣根が段々と曖昧になっていって、その内にひょいっと簡単に飛び越えてしまえるのではないかと思っていた。
ミルハウザーの小説を読むと、その時の気持ちを思い出す。
『バーナム博物館』は、万華鏡のような彩りに満ちた短編集だ。
なおかつ細密画のようにディティールが細かく、巧妙に作り上げられたマジックのように、どんなに注意深くしていても危うく惑わされてしまいそうになる。
各々が独立した短編であるものの、まるで1篇1篇が「バーナム博物館」という博物館の展示物のようだ。
表題作の「バーナム博物館」はこの本全体の見取り図であり、ガイドブックのように行く先を案内してくれる。
バーナム博物館とは幾重にも重なっていて、常に増改築が行われているために誰もその全体図や、ましてや部屋が何部屋あるのかわかっていない、らしい。
おまけにある玄関から正午に部屋に入り、午後三時に同じ玄関に戻ってこれたとしても、もうその玄関は別の部屋につながってしまっていると言う。
それはまるで「千夜一夜物語」を下敷きにした一篇、「シンドバッド第八の航海」のなかで書かれる、「テキストを読む行為には常に制限がつきまとい、偶然の要素が含まれている。二つとして同じ読書はない...」というこの一文を表しているかのようだ。
また、「クラシック・コミックス♯1」はエリオットの詩を漫画のようにコマ割りし、1コマ1コマの様子を描写したものである。
ある意味、この本はテキスト批評なのだ。
テキストを解体し、構築して世界をつくりあげてゆく。
バーナム博物館には果てはない。
しかし見え隠れする扉が、もしかしたらこの博物館の秘密が隠れているのかもしれない、
それを見つけたら、この全容を暴くことができるのかもしれない、と期待を抱かせる。
まったく、なんてロマネスクな欲望だろう。
「自動人形」、「魔術」「盤上ーム」、それに「博物館」......。
そんな魅惑的な展示物たちがおいでおいでと手招きをしている。
たまには現実を忘れて文章に惑わされてみるのもいい。
きっと「ようこそ、バーナム博物館へ!」と歓迎してくれるはずだ。
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- 蔦屋書店熊本三年坂 山根芙美
- 生まれ育ちは山陰。大学進学で九州へ。お酒といえば芋焼酎というくらいにはこの地に馴染んだ頃。基本宵っ張りで丑三つ時に本を読んだり映画を観たり。映画鑑賞は趣味だと言えるけれど読書は趣味だとは言えない。多分業。外文偏愛傾向のある文芸・文学好き。