『おだまり、ローズ』ロジーナ・ハリソン
●今回の書評担当者●蔦屋書店熊本三年坂 山根芙美
時は20世紀初頭、ヴィクトリア朝の面影を色濃く残すイギリスの、上流社会が舞台。
主人公は二人の女性。
ちょっと破天荒なところもあるけれど、機知に富みその美貌で知られる子爵夫人。
もう一人は田舎から出てきた労働者階級のメイド。好奇心が旺盛で気が強く、臆すことなくものを言うことを気に入られ、子爵夫人に仕えている。
そんな二人が住まうカントリーハウスの生活と、生き抜いた激動の時代。
──なんて、そんな映画を観ているようだった。
そう、これは小説やお芝居ではなく、先に言うところのメイドであるローズが、アスター夫人に仕えた35年間を後年記した回想録。つまり実話である。
高価な装身具が大好きで、着けすぎることもしょっちゅうの奥様が、宝石を選び、身に着けてみせる。
「どうかしら、ローズ?」と尋ねる奥様にローズは「おや、それっぽちでよろしいのですか?奥様」と返すと間髪いれず「おだまり、ローズ!」のひとことが飛んでくる。
そんな掛け合いも含めて、まるでジーヴスの世界のようだ。
脇役も揃っている。
社交界の花形である夫人の親友はバーナード・ショー。
顔を合わせれば皮肉たっぷりの応酬を交わす相手にウィンストン・チャーチル。
アメリカ出身の大富豪でありながら、理想的なイギリス紳士のような温厚篤実のアスター氏。
昔ながらの執事を体現したかのようなリー。
彼らの生きた時代が、まるで映画のように鮮やかに描かれている。
それは、ローズの好奇心の強さと、それによる観察眼の鋭さからくるのだろう。
ローズはヨークシャー生まれの労働者階級の娘だった。
学校を卒業した後は奉公に出ることになるのだが、当時の庶民には不可能に近い「海外旅行をしたい」という夢をもっていた。
だから娘の夢を真摯に考えてやることのできた母親が、「お屋敷の女主人づきのメイドになればお供をして旅行することができる」と教える。
この本がただの一次資料的なもので終わらないのは、まず大前提にローズの「夢をかなえたい」という願望があるからだろう。
夢がある。そして実現させる行動力もある。
そんな自己実現力に富んだ姿は、現代の女性にもきっと共感されるだろう。
そして、ローズだけでなく型破りなアスター夫人。
女性で初めて英国下院議員になったという行動的で、聡明な女性だ。
そんな型にはまらない二人だからこそ、この本はこんなにも面白い。
丁々発止の掛け合いや、気心の知れたやりとり。身分を超えた友人のような、フィクションではよく見る関係性は、この時代の主従としてとても珍しい。
上流階級の淑女ともなると、使用人の前では自分をさらすことなどなかったというのだから。
だからこそ、そんなものにとらわれないアスター夫人とローズの関係性がフィクションではなく事実なのが面白い。
夫人との日々を回想するローズは懐かしさと慕わしさに満ちている。
幕切れはなんともすがすがしく、かつ失われた時代への感傷も含んでいて感動的だ。
ああ、やはり映画のようだ。と、息をついて本を閉じたのだった。
- 『歪み真珠』山尾悠子 (2014年9月18日更新)
- 『バーナム博物館』スティーブン・ミルハウザー (2014年8月21日更新)
- 『不在者の祈り』タハール・ベン・ジェルーン (2014年7月17日更新)
- 蔦屋書店熊本三年坂 山根芙美
- 生まれ育ちは山陰。大学進学で九州へ。お酒といえば芋焼酎というくらいにはこの地に馴染んだ頃。基本宵っ張りで丑三つ時に本を読んだり映画を観たり。映画鑑賞は趣味だと言えるけれど読書は趣味だとは言えない。多分業。外文偏愛傾向のある文芸・文学好き。