『バンヴァードの阿房宮』ポール・コリンズ
●今回の書評担当者●蔦屋書店熊本三年坂 山根芙美
一世を風靡する、という。
ある時代において、広く知られ流行することを表す慣用句だが、その語源のように風が草木を靡かせるような―もっと言えば、突風が草木をなぎ倒していくような、瞬間的な強い勢いを感じさせる言葉だ。
本書は一世を風靡しながら今ではその名を知る人もない(少なくとも人口に膾炙していない)、「世界を変えなかった」十三人を取り上げたノンフィクションだ。
ミシシッピ川の「全貌」を描いた、世界最長のパノラマ画、地球空洞説、驚異の生体放射線「N線」、新発見のシェイクスピア劇、世界中の誰とでも(勿論、目の見えない人や耳の聞こえない人も!)会話ができる音楽言語、ニューヨークの地下を走る、空圧式の鉄道......。
これだけ聞いてもわくわくしてくる。
彼らの多くが19世紀に生きた人たちだった。イギリスで産業革命が起こり人々の生活が劇的に変化し、科学や医学といった分野では飛躍的な進歩が見られた。世界が大きな渦に呑みこまれた、そんな時代のことだ。
そんな過渡期だからこそ、その成果が評価され名を残した人たちだって勿論沢山いる。それと同時に歴史に埋もれてしまった、それ以上多くの才能があったのだろう。
この十三人だって、ちょっとしたボタンの掛け違いでもしかしたら偉人として語り続けられていたのかもしれない。彼らは自分自身の発明や思いつきを頭の中に留めているだけでなく、実際に形として作りあげ、実行に移した。
それが、どんなに難しいことか! 持続する情熱と、私欲を排した(逆に欲のみかもしれないけれど、決して私利ではない)純粋さによってしか支えられないだろう。結果的に歴史に残ることができなかったのは、根本的な間違いが発覚したこともあるだろうけれど、飽きられたり、タイミングが合わなかったり、致命的な失敗を犯してしまったり...それは「時の運」としか言いようがない。
「壮大な夢を追求し、破れ去った人々の数奇な物語」
帯ではこの本のことをこう紹介している。
確かに、この十三人は「歴史に残ったか」という点においては敗者なのかもしれない。
しかし彼らは果たして名を残すことを望んでいたのだろうか? 当然、功名心はあったろうし、その最期を失意と悲しみのうちに迎えていたことを想像すると彼ら自身、自らを勝者とは思っていなかっただろう。
しかし、これほどひたむきに何事かに向かっていった人たちのその人生を「敗者」という言葉で片付けたくはない。この本を読んだ私がこんなに心躍らせているというのに!
彼らは一世を風靡した。
それはつまり人の心を大きく動かすことができたということだ。
それに勝る勲章があるだろうか?
この本の十三人は世界を変えなかったが、しかしそんな歴史からはみだした「余分なこと」が世界を豊かにしてくれる。失われたものを掘り起こすのは、想像力の仕事だからだ。
そしてそれを許容することのできる世界であってほしいと、これからもずっと祈っている。
- 『おだまり、ローズ』ロジーナ・ハリソン (2014年10月16日更新)
- 『歪み真珠』山尾悠子 (2014年9月18日更新)
- 『バーナム博物館』スティーブン・ミルハウザー (2014年8月21日更新)
- 蔦屋書店熊本三年坂 山根芙美
- 生まれ育ちは山陰。大学進学で九州へ。お酒といえば芋焼酎というくらいにはこの地に馴染んだ頃。基本宵っ張りで丑三つ時に本を読んだり映画を観たり。映画鑑賞は趣味だと言えるけれど読書は趣味だとは言えない。多分業。外文偏愛傾向のある文芸・文学好き。