『スイート・ホーム殺人事件』クレイグ・ライス
●今回の書評担当者●蔦屋書店熊本三年坂 山根芙美
予めお断りをしておこう。私はミステリの熱心な読者ではない。文章を読みながらトリックを見破ってみたりアリバイを崩したりなんてことはもちろん、犯人を当てたことだってない。それ故に技巧派のミステリはどうにも性が合わず、しかしながら本格派のミステリは様式美を求めて読んでみる。などと、ミステリファンの方々からしてみたら甚だ噴飯ものの読者であるに違いない。
そんな私にも何回か読み返してみるミステリがあって、本書はそのうちの一冊だ。ベタかつド直球な本格風のタイトルながら、探偵役は3人姉弟の子供たち。14歳のダイナ、12歳のエイプリル、そして10歳のアーチー。父親はアーチーが生まれてまもなく亡くなっていて、ミステリ作家の母親が女手ひとつで3人の姉弟を育てている。ある日お隣の家から銃声が響き、奥さんが射殺された。たまたま家にいて銃声を聞いた子供たちは、自分たちが事件を解決して母親の手柄にすれば本がたくさん売れて生活が楽になる!と勢い込んで事件の捜査に乗り出してゆく。
しかしそこは子供のやること、捜査には精緻さなどなく、むしろ警察よりも先に事件を解決しようと捜査を撹乱するばっかりで、ありてい に言えばひどい。しかし母親ためと必死になる子供たちは健気で憎めないし(古今東西少年探偵にはお馴染みの探偵団を組むところもお約束だ)、あまつさえ好青年の刑事と母親をくっつけようと画策してみたりもする。それに翻弄される大人たちの純情ぶりもまた楽しい。
この小説は、たとえば淡々とした日常の中で凝縮された人生の苦味とかしみじみと読後感をかみしめてみたりといった趣があるわけではない。子供たちと彼らに引っ掻き回される大人たちは終始ほのぼのとしていて、思わずくすりと笑ってしまう場面だってある。悪人という悪人だって出てこない。どちらかといえば軽く読むことの出来る類の小説だろう。でもそれは子供だましというのではない。幸せな小説を書く人は、必ず人生の寂しさも味わっている。その寂しさを笑いに包み込んで書き上げられたこの小説は、だから常に一条の光を放っている。
たまにほっとしたい時、立ち止まってみたいとき、この本は絶大な効力を発揮する。この小説は「スイート・ホーム」の話なのだ。女手ひとつで子供たちを育てる美人でちょっとおっちょこちょいのお母さん。しっかりものの長女、華やかで機転の利く次女。おっとりしているけれどここぞというときには行動力を発揮する末っ子。愛情あふれる家庭に、最後はお父さんまで加わってまーるく収まってハッピーエンド。
幸せな小説を幸せだと感じて読むこと。それは、そのことを当たり前だと思わない大人にしか出来ないことであり、この小説はそんな大人のための童話なのだ。
- 『小春日和』金井美恵子 (2014年12月18日更新)
- 『バンヴァードの阿房宮』ポール・コリンズ (2014年11月20日更新)
- 『おだまり、ローズ』ロジーナ・ハリソン (2014年10月16日更新)
- 蔦屋書店熊本三年坂 山根芙美
- 生まれ育ちは山陰。大学進学で九州へ。お酒といえば芋焼酎というくらいにはこの地に馴染んだ頃。基本宵っ張りで丑三つ時に本を読んだり映画を観たり。映画鑑賞は趣味だと言えるけれど読書は趣味だとは言えない。多分業。外文偏愛傾向のある文芸・文学好き。