『ヴァレンタインズ』オラフ・オラフソン
●今回の書評担当者●蔦屋書店熊本三年坂 山根芙美
少しずつかみ締めて読みたい取って置きの本が何冊かある。
それらは概ね短編集で、なんとなく北の生まれの作家が多いような気がする。
ウィリアム・トレヴァーだったり、アリス・マンローだったり。
寒い国の長い冬では、家に閉じこもっている時間が長い分、内省的にならざるをえないのだろうか。人間の、それもありふれた姿を描くのが抜群にうまい気がする。
オラフ・オラフソンもそんな北の生まれの作家だ。
『Valentines=恋人たち』と題された12ヶ月12話の小説が収められた短編集だ。
それぞれの小説にはすべて異なるカップルが登場する。
恋人、元恋人、夫婦......。
彼らは表面上はいつもどおりの生活を送っているように見える。
しかしその実様々な問題を抱えており、とあるきっかけで一気に関係性は動き出してしまう。
例えば「一月」の元恋人同士のふたり。
男は帰省先のアイスランドから居住しているシカゴへの帰り道、一月の悪天候で思いもかけずニューヨークに一泊することになる。
そこには昔の恋人が住んでいる。
連絡をとり、再会してよりを戻そうと考える男に女は明日入院する、と告げる。
見舞いに行く、と告げ男は未明のタクシーに乗り込む。何ができるかわからないまま。
「四月」には、湖畔のロッジで休日を過ごす夫婦と一人の息子が出てくる。
湖でボートに乗る夫と息子。
「パパとボートに乗っても面白くない」という息子に反発して無茶な運転をした夫と息子は湖に投げ出されてしまう。双眼鏡越しにその様子を眺めていた妻は、おぼれかけた息子の手を夫が離すのを見てしまう......。
それぞれの関係性が綻びを迎える瞬間、というものを、それぞれの季節の描写とともに端正に、綿密に描き出していく。
いくつもの選択肢から選んだ結果が徐々に綻び始め、一気に物語が加速していく、そのさまは真実味をもって迫ってきてひやりとさせられる。
結局のところ人間は他人とどれだけの年月一緒にいようとも全く同じ価値観を得ることなどできないし、経験とすりあわせで居心地のいい関係を作り上げるにはエネルギーが必要だ。
それは恋人だろうと、友人だろうと。
でもその方向性がすれちがってしまったら。
相手がじつはずっと抱え込んでいたものを不用意に暴いてしまったら。
そんな後戻りのできない選択が、人生にはいくつも用意されている。
そうして常に進んでいくのだ。
思わぬ落とし穴の影がつきまとっているのを、足元に感じながら。
- 『氷』アンナ・カヴァン (2015年3月19日更新)
- 『黄金時代』ミハル・アイヴァス (2015年2月19日更新)
- 『スイート・ホーム殺人事件』クレイグ・ライス (2015年1月22日更新)
- 蔦屋書店熊本三年坂 山根芙美
- 生まれ育ちは山陰。大学進学で九州へ。お酒といえば芋焼酎というくらいにはこの地に馴染んだ頃。基本宵っ張りで丑三つ時に本を読んだり映画を観たり。映画鑑賞は趣味だと言えるけれど読書は趣味だとは言えない。多分業。外文偏愛傾向のある文芸・文学好き。