『悪の教典』貴志祐介

●今回の書評担当者●ダイハン書房本店 山ノ上純

 こういう本は、薦めて良いのかどうか...非常に悩んでしまいます。すごく惹き込まれるし、1冊が400ページ以上もある上下巻なのにすぐに読めてしまう。だからとても面白いのだろうけれど、これを面白いといっても良いものかどうか。もし、凶悪な殺人事件なんかが起こって、その犯人の部屋にあったとしたら、必ずやワイドショーで「犯人の部屋にはこんな本が!」って報道されるんじゃないかと。そういう小説なのです。

 その本のタイトルは『悪の教典(上・下)』貴志祐介著。上巻は蛍光イエローに黒の文字、そして鴉の写真。下巻は闇の中に赤く浮かび上がる学校のシルエット。なんとも不気味で、妙に気になるデザイン。こんなにも上下巻の装丁の雰囲気が違う本もめずらしいのではないかと思いますが、この存在感のあるデザインが、見事に小説の中身を物語っています。

 もし。驚くほど高いIQを持ち、その天才的な頭脳で周りからの信頼を勝ち取り、何のためらいも無く自分に都合の悪い人間を殺す人物が居たら。ましてやそれが、学校と言う組織の中に入り込んでいたら。「あいつなんかヤバイよね」と言われる人物では無く、かっこよくて人気があって、理解力もあってすごく信頼できる、そんな人物が実は殺人鬼だったら。

 これは小説だけれども、本当に身近に居るかもしれないと考えると非常に恐ろしい。しかもその人物は、最も犯罪者らしからぬ人物なのですから。そしてもう一つ。法律というものは、普通に暮らしている善良な人びとはあまり気に留めないものですが、悪事を行おうとする人物はこれを徹底的に研究し、自分の都合の良い様に使おうとする。例えば、個人情報保護法なんていうのは、善良な市民を守りもするけれど、同時に犯罪者の隠れ蓑にもなりうるわけです。そういうことを天才的な頭脳を駆使し、また心理学をも駆使して完全な犯罪を行い続ける...そんな人物が主人公の物語。

 一応の決着らしき結末を迎えるものの、読み終えた後も底知れぬ恐ろしさがぬぐいきれない。非常に面白い小説であるとともに、現代社会に何らかの警鐘を打ち鳴らしているのではないか?と。そんな風にも考えさせられる物語です。

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ダイハン書房本店 山ノ上純
ダイハン書房本店 山ノ上純
1971年京都生まれ。物心が付いた時には本屋の娘で、学校から帰るのも家ではなく本屋。小学校の頃はあまり本を読まなかったのですが、中学生になり電車通学を始めた頃から読書の道へ。親にコレを読めと強制されることが無かったせいか、名作や純文学・古典というものを殆ど読まずにココまで来てしまったことが唯一の無念。とにかく、何かに興味を持ったらまず、本を探して読むという習慣が身に付きました。高校.大学と実家でバイト、4年間広告屋で働き、結婚を機に本屋に戻ってまいりました。文芸書及び書籍全般担当。本を読むペースより買うペースの方が断然上回っているのが悩みです。