『うたうひと』小路幸也

●今回の書評担当者●ダイハン書房本店 山ノ上純

 音楽には、人を幸せにしたり元気にしたりする力がある。そういう"音楽の良さ"みたいなものを物語にしたらこうなるんじゃないだろうか?というのが、小路幸也氏の短編集『うたうひと』(祥伝社)です。

 小路幸也氏といえば『東京バンドワゴン』シリーズ。私もこれでファンになりました。多くの書店員の心をわしづかみにした作品であり、多くの人がドラマ化を願っているのではないでしょうか。他にも良い作品は沢山あって、どの作品も愛があふれていて大好きなんですが、私がイチオシしたいのはこの短編集。

 全部で6つ物語が収録されていますが、どの物語にもミュージシャンが出てきます。そして音楽も。現在は入院中の往年の名ギタリストとか、仲間割れしてしまったデュオ、バックバンドとしてなんとか生計を立てている売れないバンドに、目の見えないピアニスト。まるでアルバムを聞くようにいい感じに物語が編成されています。そして最後の2曲...いや2話が最高に良いのです!

 まずはパトロンに先立たれ、生きていく術を無くしたピアニストが、酒場でピアノ弾きの職にありつく話。もちろんそれは冒頭も冒頭、それからの彼の人生は、そのまま映画にしてもいいぐらいの物語なのです。そして最後の1話。きっと、ある程度の年齢の方が読めばビートルズの東京公演が頭に浮かぶのではないでしょうか。ちなみに主人公はコメディバンドのベーシスト。この物語は何回読んでも本当に良くって、最後には必ず心の中でガッツポーズしてしまいます。
 
 ミュージシャンになりたかったという著者の、音楽をやる人へのリスペクトとか応援する気持ちが文章に込められている感じがします。ミュージシャンになれなかったのは残念かもしれませんが、私としては小説家になって頂いて、その読者になれて本当に幸せです。

 この本は2008年の夏にハードカバーが発売になり、その年のクリスマスプレゼントに何人かに贈りました。今月の15日、ついに文庫になって登場!本当はみんなに1冊ずつ配りたいぐらいの気持ちなのですが、そうも出来ないので買って読んでください。そして誰かにプレゼントしたくなったら贈ってください。必ずや読んだ人を幸せにする自身があります!(私が書いたわけじゃないですけどね)

 ※文庫本には書下ろしが1編追加され、全7編になっています。あとがきはミュージシャンの伊藤銀次さんです!

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ダイハン書房本店 山ノ上純
ダイハン書房本店 山ノ上純
1971年京都生まれ。物心が付いた時には本屋の娘で、学校から帰るのも家ではなく本屋。小学校の頃はあまり本を読まなかったのですが、中学生になり電車通学を始めた頃から読書の道へ。親にコレを読めと強制されることが無かったせいか、名作や純文学・古典というものを殆ど読まずにココまで来てしまったことが唯一の無念。とにかく、何かに興味を持ったらまず、本を探して読むという習慣が身に付きました。高校.大学と実家でバイト、4年間広告屋で働き、結婚を機に本屋に戻ってまいりました。文芸書及び書籍全般担当。本を読むペースより買うペースの方が断然上回っているのが悩みです。