『装丁問答』長友啓典

●今回の書評担当者●ダイハン書房本店 山ノ上純

 もしも本屋じゃなかったら。というか、才能があるとか技術を持っているとか関係なく、好きな職業に就けるとしたら、私は装丁家になりたい。
 
 おそらく読書をする上で、装丁のおかげで出会えたものも、逆に装丁のおかげで手を出さなかったものも沢山あると思います。高校生の頃、村上春樹作品を片端から読んでいた私は、学校から両親がいる本屋に帰り、新刊本をチェックするのが日課でした。あの時に出会った衝撃は今も脳裏に焼きついています。新刊平台に並んだ真っ赤な本と深い緑の本。私は誰が書いた本なのかを確認もせず、レジに立つ母親に「これ買う」と差出し、母に「これ、村上春樹え(京都弁)」と言われるまで、自分の好きな著者が書いた本であることすら気づかなかった。今もなおあの装丁が店頭でその威光を放つ『ノルウェイの森』です。
 
 最近では、出版社さんにゲラ(本になる前の原稿のようなもの)をいただいて読むことも多々ありますが、実際に本になって店頭に並ぶ時に「この装丁ではちょっと売りにくいなぁ...」と思ったり「うわぁ~こんなにカッコイイ装丁になったのか!」と思ったり。小説と言う作品自体は、原稿が出来上がった時点で100%ですが、やはり「本」になるには原稿だけでは60~70%で、残りは装丁やブックデザインが担っているんじゃないかと。

 前置きが長くなりましたが、今回ご紹介したいのは装丁家・長友啓典氏の『装丁問答』です。装丁の仕事を事細かく語る本かと思いきや、長友さんがいかに本のジャケ買いが好きか(?!)と言うお話を中心に、出会った本やその装丁・装丁家について書かれたコラムを1冊にまとめた本でした。これを読むだけでまた読みたい本、手にしたい本が増えてしまいます。

 特に印象的だったのが、古書店を巡ってやっと見つけられた、恩地孝四郎著『本の美術』のお話。恩地孝四郎氏は明治生まれの高名な版画家であり、装丁家でもあった人物。この方がこの本の中で「...僕たちは教科書に組み入れられている小説によく出会う。その場合、この小説はなんとつまらない小説だろうと感じる。あとでその同じものを、快く組まれた本でみたとする。この場合、教科書でよんだのとはたいそう違ったものを感ずることだと思う。...」と書かれていて、要はブックデザインとは装丁、配字、字組などあらゆる部分の美術要素についての配慮のことであると仰っている。これらは今もなお全く変わらないことだと著者の長友氏も書かれている。

 表紙のデザイン、文字の形や並び方、紙の種類...これらの力が、作品に出会う前に私達を誘導し、1冊の本に導いているといっても過言では無いのでは?と。やっぱり装丁家はすごい。憧れる。そして、こういう装丁についての本についつい手を伸ばしてしまう私は、やはり装丁家の術中に嵌っているのだろうなぁと思うのでした。

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ダイハン書房本店 山ノ上純
ダイハン書房本店 山ノ上純
1971年京都生まれ。物心が付いた時には本屋の娘で、学校から帰るのも家ではなく本屋。小学校の頃はあまり本を読まなかったのですが、中学生になり電車通学を始めた頃から読書の道へ。親にコレを読めと強制されることが無かったせいか、名作や純文学・古典というものを殆ど読まずにココまで来てしまったことが唯一の無念。とにかく、何かに興味を持ったらまず、本を探して読むという習慣が身に付きました。高校.大学と実家でバイト、4年間広告屋で働き、結婚を機に本屋に戻ってまいりました。文芸書及び書籍全般担当。本を読むペースより買うペースの方が断然上回っているのが悩みです。