『はじめからその話をすればよかった』宮下奈都
●今回の書評担当者●サクラ書店平塚ラスカ店 柳下博幸
眼からウロコどころの話では無い。眼から刺身がこぼれ落ちる勢いなのである。それも明石の天然真鯛クラスの刺身だ。
何の話をしているのかって?
のぞき見の話である。
もちろんイリーガルな意味でののぞき見ではなく、エッセイを読むという行為がのぞき見であり刺身なのである。
作家の先生しかり、芸能人しかり、本人にとっては日々の何でもないあれやこれ身の回りのちょっとした出来事や心に引っ掛かること。そんな生きて生活をしていれば誰もが何時でも体験するようなこと。それが、他人の目と言うフィルターを通して語られると、それまで見ていた景色が全く違った風景に映って思わずハッとさせられたり、いつもと変わらないはずの景色が少し違った色に見えたりする。
例えばこの宮下奈都さんのエッセイ集『はじめからその話をすればよかった』である。
私は宮下奈都さんが3人のお子さんの母親であることを知らなかった。これだけでも物語では伺えないエッセイの良さでありのぞき見であり真鯛なのである。
この作品が初エッセイ集とのことでこれまでに様々なところに掲載されたものや書き下しの掌編小説などがギュッとつまった宝箱状態......いや、豪華海鮮ちらし寿司状態の1冊。
中でもお子さんとの日常を綴ったお話が印象に残りました。読んでいて頬が緩むというか愛情と発見と敬いがごちゃまぜに絡み合ったスープのよう、子育てって感情のフルコースなんだなぁと。
メインが出てくるのはだいぶ先。透き通ったコンソメが出来るまでにはごちゃまぜのスープが時間と愛情をかけて透明になってゆく。子育ての経験がないので、その渦巻く景色にしばし思いを馳せ、またひとくちエッセイを味わう。
宮下さんのユニークなお母さんっぷりに自分の母を重ねて思い浮かべてみたりもしましたが、はたと現役のお母さんたちはそこに自分自身を重ねてみたりするのだろうと思い至り眼から刺身がこぼれたのでした。真鯛の。
他人さまの日常をのぞき見るといううしろめたさと好奇心のせめぎ合いなんて蠱惑的で甘美なのでしょう。
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- サクラ書店平塚ラスカ店 柳下博幸
- 1967年秋田生まれ。嫁と猫5匹を背負い日々闘い続けるローン・レンジャー。文具から雑貨、CDにレンタルと異業態を歴任し、現在に至る。好きなジャンルは時代物(佐幕派)だが、CD屋時代に学んだ 「売れてるモノはイイもの」の感覚は忘れないようにノンジャンルで読んでいます。コロンビアサッカーとオルタナティブロック愛好家。特技・紐斬り。