『BLUE GIANT』石塚真一
●今回の書評担当者●サクラ書店平塚ラスカ店 柳下博幸
その日その子は新規CD店オープンの「求人広告を見てやってきた」と言った。すでに募集も締め切って開店までのあと数日をバタバタしているその時に!だ。まぁオープニングスタッフは何があるかはわからないので予備要員として......ぐらいの気持ちで採用したんだったと思う。
のんびり屋のその子は本名から「MJ」と呼ばれ危なっかしくも真面目にCD屋の仕事を頑張っていた。大雨が降った日のレジでの事、入荷処理も終わりお客様を待ちわびつつレジで並んでいた時にMJの指がカタカタと動いては止まり、また動き出す事を繰り返していた。
「......何してんの?」
POPでも書かせようと思ったその時に
「あ!すみません......すっごくいい曲が浮かんだので......」
なんだよソレ!
それからもソワソワしてレジに立つ彼女に「今日はもういいから上がっていいよ」そう言うと満面の笑みを浮かべて小さな身体に大きなギターケースを抱えて「お疲れ様でした!」と帰って行った。
後で聞いた話では毎日ギターを手に歌っているらしい。本気で歌っているらしい。
ビッグコミック『BLUE GIANT』石塚真一著を読んで彼女の事を思い出した。
主人公・宮本大は友人に誘われて行った生演奏のJAZZを聴いて心を打ち抜かれる。
吹き方もスタンダードナンバーも知らずに雨の日も風の日も吹き続ける。初ライブで心折れても仕方のない場面も心をJAZZに貫かれている大は揺るぎない。
そんな彼を支え見守る家族や仲間のシーンに熱くなる。彼が目指すのは世界一のミュージシャン。その為にガムシャラに突き進む。JAZZに出会わせてくれた友人、バスケ部で共に汗を流した親友との別れ、初ライブで一緒に合わせてくれたピアノマン。決して上手いとは言えない彼のサックスを聴いた皆がそこに何かを感じ取る。気付けば大のJAZZが頭の中に鳴り響く!
石塚先生の前作『岳』は山に興味が無く読んだことがなかった。あれだけ売れていたのに。だからこそこのマンガを薦めるにあたってJAZZマンガとは呼ばず「主人公の少年・大の成長マンガ」なんだ!と言いたい。
スタッフでカラオケに行った時の事。一通りマイクが回ったあたりでMJが歌っていないのに気付いた。「あれ? 歌わないの?」マイクを渡すと一瞬迷ったように見えた後、歌いだした彼女の歌声に打ち抜かれました。それまで歌っていた上手い子が霞むほどの歌声に。
「本気ってスゲー。LIVEってかっけー。」
今も夢に向かって歌い続けているMJの歌声がいつか皆さんの心を打ち抜く事を願って。
- 『怒り』吉田修一 (2014年2月13日更新)
- 『お父さんと伊藤さん』中澤日菜子 (2014年1月16日更新)
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- サクラ書店平塚ラスカ店 柳下博幸
- 1967年秋田生まれ。嫁と猫5匹を背負い日々闘い続けるローン・レンジャー。文具から雑貨、CDにレンタルと異業態を歴任し、現在に至る。好きなジャンルは時代物(佐幕派)だが、CD屋時代に学んだ 「売れてるモノはイイもの」の感覚は忘れないようにノンジャンルで読んでいます。コロンビアサッカーとオルタナティブロック愛好家。特技・紐斬り。