『かもめの日』
●今回の書評担当者●東山堂 外販セクション 横矢浩司
『新潮』2月号で読んで「はやく本にしてくれー」と楽しみにしていた小説が、素敵な装丁で刊行されました。書店の棚で見かけたら、ぜひ手にとってみてください。
冒頭、読者はいきなり漆黒の宇宙空間へゴゴォーッと連れて行かれます。女性初の宇宙飛行士ワレンチナ・テレシコワが、地球との交信で発した「わたしはかもめ」という言葉と、チェーホフの『かもめ』に登場する同じ言葉をめぐっての思索がしばらく続くのですが、この部分を読んでいるあいだ、読者の頭の中では、宇宙船を覆う光と闇の移り変わり、窓から見える地表の色の変化、などのスペイシーな映像がくるくると回り続けます。まずこのイメージの喚起力に圧倒されました。きわめて映像的な描写と、映像ではなく小説という形でしかできないこと、の両方が絶妙にブレンドされていて、ここだけではやくも「傑作にちがいない!」とワクワクしてしまうのです。
その後、視点がスルッと地球上に降りてきて以降の、様々な登場人物(雲の研究員の青年、謎の少女、FMラジオ局のΑD、同局のパーソナリティー、その相方のアナウンサー、小説家、etc)の今を生きるさまが交錯する、いわゆる群像劇スタイルの物語も、提示された「謎」にひっぱられ、ミステリーを読むかのようにぐいぐい引き込まれていきます。一見何の関係もないような人々がいつのまにか影響しあっているという不思議。それも必ずしも良いかかわり方とは限らず、むしろ逆。いろんなキーワードを散りばめながら、世界はこうして成り立っているのだ、との思いを強くして物語は進んでいきます。
そしてラストシーン。詳しくは書けませんが、最後にこの場面をえらんだ、というところに、
作者の「技」と「やさしさ」を感じました。「面白かった」「感動した」だけでは終わらない、なにかがここから広がっていくような、どこかへつながっていくような、多様な魅力に溢れた一冊。どうか本作で、黒川作品と新たな読者との良い出会いがありますように。
最後に。本の魅力に取りつかれてずいぶんたつけれど、まったく飽きる気配がなく、ますます加速的に「好き」の度合いが大きくなっています。「好き」で本屋に入った、ぼくら本読み書店人がこういう場でできることは、例えば、不特定多数に読まれるわけではないけれど、地道に良いものを書き続けているような方の作品を紹介していくことなのでは? と思っています。そういう方に書き続けて欲しいのです。ずっと読み続けていたいのです。そんな思いで一年間つとめさせていただきます。どうぞよろしく。
- 東山堂 外販セクション 横矢浩司
- 1972年岩手県盛岡市生まれ。1997年東山堂入社。 東山堂ブックセンター、都南店を経て本店外販課へ配属。以来ずっと営業畑。とくに好きなジャンルは純文学と本格ミステリー。突然の指名に戸惑うも、小学生時代のあだ名“ヨコチョ”が使われたコーナータイトルに運命を感じ、快諾する。カフェよりも居酒屋に出没する率高し。 酒と読書の両立が永遠のテーマ。