『船を建てる』鈴木 志保
●今回の書評担当者●東山堂 外販セクション 横矢浩司
本の雑誌7月号に掲載の読者アンケート「私のオールタイムベスト3」、みなさんそれぞれこだわりや思い入れがあって面白かった。ちなみに僕のベスト3はというと、(1)船を建てる(鈴木志保)(2)リバーズ・エッジ(岡崎京子)(3)茄子(黒田硫黄)・・・あれれ、全部コミックになっちまったよ。いつもの僕の読書傾向を知っている知人からは「嘘だべー」とか言われそうだが、(小説が主でほとんどコミックは読まない読書生活なのだ)まあでもそういう人間のアンテナに引っ掛かるマンガ、ということで。それに実際この3作品以上の影響を受けた本って浮かんでこないし。
『船を建てる』との出会いは、おそらく15年くらい前の『月刊カドカワ』のうしろのほうに、作家やタレントやミュージシャンが短めのコラムを載せるページがあって、そこで中脇初枝氏(『魚のように』)が紹介していたのを読んだのが名前を覚えた最初。数年後、完結を機に全巻購入。一読、心を鷲掴みにされ、あっというまに虜になった。当初は、ブローティガンを筆頭に、文学や映画、音楽、テレビからの引用を見つけるのが面白く、その後はハッとさせる画面構成の妙に唸っていたけれど、最終的には、物語そのものの力に圧倒されることになった。この本を読む前と読んだ後では、死生観、世界観、読書観などなど、いろんな「観」が変わりまくった。いやすごい。こんなものは読んだことがなかった。他の何にも似ていない。その思いは大量の本を読み漁った現在でも変わらない。そしてなんと、いま再読しても、また新たな発見があるのだ。僕のオールタイム・ベスト1と言い切ることに、なんの躊躇もない。
おだやかに、つつましく、ニコニコ笑って生きていこうとする僕たちのまえに、悲惨で残酷な現実が突然立ちはだかる。それでもそんな世界を生きねばならない僕たちにとって、この作品は一生の宝物だ。共に生きていく友人だ。大事なことはみーんな『船を建てる』から教わった。これから先の人生でもきっと多くのことを教えてくれるだろう。未来永劫読み継がれるべき、語り継ぐべき本というのは、たしかにあるのだ。
ところで、この本を読むときのBGM、バッハとソフトマシーンとROVOの他にいいのがあったら、ぜひぜひ教えてー!
〈追記〉今回の地震のお見舞いのお電話、メール等を多くの方からいただきました。この場を借りて御礼申し上げます。盛岡では大きな被害は出ておりません。一日も早く、被災地の皆様の平穏な日常がもどりますように。
- 『かもめの日』 (2008年5月22日更新)
- 東山堂 外販セクション 横矢浩司
- 1972年岩手県盛岡市生まれ。1997年東山堂入社。 東山堂ブックセンター、都南店を経て本店外販課へ配属。以来ずっと営業畑。とくに好きなジャンルは純文学と本格ミステリー。突然の指名に戸惑うも、小学生時代のあだ名“ヨコチョ”が使われたコーナータイトルに運命を感じ、快諾する。カフェよりも居酒屋に出没する率高し。 酒と読書の両立が永遠のテーマ。