『見習い物語』レオン・ガーフィールド
●今回の書評担当者●銀座・教文館 吉江美香
故ダイアナ妃はウィリアム王子が幼少の頃、下層労働階級が多く住み一般の人々が足を踏み入れないような地域に王子を連れて行き「これが将来あなたの背負う大英帝国のひとつの姿だ」と現状を見せたという。ジャック・ロンドンの『どん底の人びと』(岩波文庫・絶版)にプラスして社会の労働力の一端を担っていた子供たちの哀しさが満ちていた時代のことを心の片隅にしまっておきたい作品だ。
最初に手に入れたのは福武書店から出ていたもので装丁もかっこよかったな。絶版のあと少年だけに読ませておくのはモッタイナイ岩波少年文庫で復活、めでたい。
舞台は18世紀のロンドン下町。親方の下、見習いとして7年間の徒弟制度で奉公に励む子供たちの姿を描いた12の短編集にはどれも悲哀と希望が詰まっている。当時の風習として7年というのが目安になっていたそうで、松浦弥太郎さんも「仕事も人間関係も学びも7年でだいたいのことがわかる」とおっしゃっていたことだし、きっとそうなのだろう。(しかしこの見解が正しいのなら、7×○倍のワタシの書店員人生はなぜゆえこんなにワカラナイことだらけなのだろうと心拍数は上昇、健康診断の結果が怖い)
点灯夫、葬儀屋、鏡屋、本屋・・・、朝早くから夜遅くまで続く修行という名の苦行。住み込みの身ゆえプライベートもない。お前の寝床はここだよ、と案内されたのは閉店後の店の床だ。年端もいかない子供をこき使いやがって!お上に訴えてくれるわ! などという法律は当時存在するはずもなく、必殺仕置人もいないのでそれが当たり前。
子供を差し出す代わりの前金を受けて取っている親に「7年間は我慢するのだよ」といいふくめられているので耐えるしかないと少年少女たちはいつも貧しく、すきっ腹をかかえてけなげに働く。親方にとって、預かった子供は弟子という名ばかりの体で使える格安の労働力でしかない。
それでも、7年後の年季明けには独立できるかもしれない、親方の娘と結婚して店を継げるかもしれない、と可能性ゼロに近い将来を想像し懸命に奉公する。そして辛い毎日のなかでのささやかな喜びやはみ出し者たちが助け合う温かさを、子供たちは無邪気に、かつ特有の図々しさで私たちに教えてくれる。読者は例え僅かであろうと純粋な気持ちを取り戻せるかもしれない。幼い労働者の暗いだけではない生き生きした様子、不思議な余韻を残す結末がいかにもファンタジィ王国のイギリスだ。
教文館には創業当時の明治時代、店頭で撮られた1枚の写真が残されている。宣教師らしき外人と店員、そして丁稚と推測される着物に前掛け姿の子供が神妙な面持ちで写っている。きっとこの子もロンドンの子とまではいかなくとも必死で働いていたはずだ。銀座の本屋にきっと誇りを持っていただろう。120余年前の大先輩に比べたらワタシなんてまだまだ見習いだな〜。
- 銀座・教文館 吉江美香
- 創業127年を迎える小社の歴史のなかでその4分の1余に在職してるなんて恥ずかしくて言えやしないので5歳から働いていることにしてください。好きな人(もの)はカズオ・イシグロ、木内昇、吉田健一、ルーカス・クラナハ、市川左團次、UKロック、クリミナル・マインド、文房具、生け花。でもやっぱり本がいちばん好きかな。