『ぼくは勉強ができない』山田詠美

●今回の書評担当者●銀座・教文館 吉江美香

  • ぼくは勉強ができない (新潮文庫)
  • 『ぼくは勉強ができない (新潮文庫)』
    山田 詠美
    新潮社
    464円(税込)
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<青春モノ>というジャンルに振り分けられる作品なのだろうが、高校時代が遥か彼方遠くに過ぎ去ったいまも、読み返すたびにずしんとくる度合いがどんどん増してくる。

 学生という身分を卒業してから何年(いや、何十年。すみません、つまらぬ見栄をはりました)経とうが、その時代を一緒に過ごした仲間同士は進歩しないエリアを共有している。会うと飛び出す「進歩していないわねえ」というフレーズにむしろお互い得意顔でさえある。

「他の人とは違う特別なものを持っていると思っているくせに。自由をよしとしてるのなんて、本当に自由ではないからよ。中途半端に自由ぶってるんじゃないわよ。」

 男子生徒の注目を一身に集める美少女である舞子に頬をぶっ叩かれる主人公、秀美は17歳男子。父親がいない、母親が派手ということで自身の行動の是非を判断されてしまうことが多い矛盾には慣れっこだし、それをうまくかわしている自負もある。

「勉強はできないけれどモテる男」を目指しているのだ。

 年上の恋人桃子、秀実より問題児で停学をくらう真理、無学のふりをする小粋な祖父、四角四面な佐藤先生、なんでも話せちゃう桜井先生、自殺した友人・・・。自分のことにしか興味がないような秀美だがいつも斜に構えているわけにもいかず、よくわかんないやと言いながらそのたびに彼なりの方法で思考を巡らし、自分をコントロールする術を少しずつ学んでいく。周囲からなにかヒントを与えられたとしてもそれに気づかずやり過ごしてしまってはそこでオシマイなのだ。

 そんな秀美の様子に、当時のあるいは現在の自分自身を重ねるおもしろさがある。教科書を書類に、先生を上司に、同級生を同僚に置きかえるだけで、もうそこは職場と何ら変わりはない。「雑音の順位」「時差ボケ回復」「眠れる分度器」など各章のタイトルの素晴らしさといったら呆れるほどである。

 初版(単行本)は平成5年、今からほぼ20年前だ。パソコンも携帯電話も登場しない時代はこんなにも生き生きとした会話で、人間の言葉で満ち溢れていたのだ。お互いの顔を見て自分の言葉をぶつけ合うことは激しく愉快で時には哀しく、また怒りもストレートに飛び込んでくる。子供も親も教師も暴走したり反省したりを繰り返して学んでいく。点数の付く勉強だけが得意な人間が魅力的なわけがない。まったく別のところでの勉強をいくつも体験することのおもしろさは計り知れない。知らないことを知る材料は教科書以外の周囲にも無限に広がっている。

 年齢に関係なくそれらを見つける楽しさを忘れずにいたい。そんな気持ちになれる本だ。そしてこれを読み終わったら『学問』(新潮文庫)を手に取って欲しい。山田詠美からの「学ぶ」メッセージをもっともらえるはずだ。

 どんな状況でもそれを楽しんでおもしろがれるナニカを掘り起こしユーモアを発揮できる人間はかっこいいよ。

<つまり肝心なのはユーモア!>(Superfly)

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銀座・教文館 吉江美香
銀座・教文館 吉江美香
創業127年を迎える小社の歴史のなかでその4分の1余に在職してるなんて恥ずかしくて言えやしないので5歳から働いていることにしてください。好きな人(もの)はカズオ・イシグロ、木内昇、吉田健一、ルーカス・クラナハ、市川左團次、UKロック、クリミナル・マインド、文房具、生け花。でもやっぱり本がいちばん好きかな。