『ホテルローヤル』桜木紫乃
●今回の書評担当者●銀座・教文館 吉江美香
「突然愛を伝えたくなる本大賞投票」のお知らせが届いたとき「縁がないのでわかりません!」と叫びたかったが、そうだ、ワタクシのくまモン愛を伝える本はやはり『犬神もっこす』西餅(講談社)か? と悩んでいるうちに、大賞は桜木紫乃の『ラブレス』(新潮社)に決定した。
犬神君には申しわけないが妥当だった。
『ホテルローヤル』。口に出した時の音、そして字面まですでにうら寂しい。道東・釧路の湿原を背景に建つラブホテルを舞台に描かれる7つの短篇連作はどれもが哀しい男女の話。廃墟、廃業、建ってから、建つ前とさかのぼっていく展開である。
ドキッとするような設定と大胆な会話でありながらも淡々と進むストーリーは、読者の思惑を跳ね返すような不敵さをも兼ね備えている。
著者自身が北海道出身ということで、住み慣れた町いつもの風景がごく自然に描かれ
その土地を知らない読者にもすんなりと北の国の独特な雰囲気が伝わってくる。
そしてなんと著者の生家がモデルになっているとのことで、ホテルの歴史そのものも
読みどころのひとつと出版社のかたから教えていただいた。なるほど単なる取材だけでは書ききれないリアリティがそこにある。冷たく湿った土地はそっくりそのまま登場人物たちの想いに繋がっていく。
自分の挫折に都合のいい理由をつける男と、恋人の心が決定的に冷えた瞬間が幕切れとなる「シャッターチャンス」は、冒頭の作品として強烈な印象を与える。わかりあえない男女のすれ違いとジレンマを色濃く描き出す。廃墟となったラブホテルの寒々とした様子が彼女の諦めと重なるあたりの表現は醒めていながらも力強い。
妻の浮気を知りながらもそれを公認する自分に鬱々とする高校教師と、親に捨てられた教え子の女子生徒のやりとりがどこか滑稽な「せんせぇ」では、ちぐはぐな2人の会話からお互いが不安と傷みをどこかで共有しているのが読み取れる。決して優等生とはいえないイマドキの女子高生が放つ言葉が案外的を獲ているのも納得できる。
このホテルが「ローヤル」と名付けられたいきさつが明かされる「ギフト」を読み終わったあと、また最初のページをめくってみたくなる衝動にかられることだろう。
やりきれない、悲しい終わり方だとしてもどんな形であろうと後戻りしない潔さに
ほんの少しの安堵が存在するのもこの作品が輝いている理由のひとつだ。「嫌な結末」ではないのだ。
全編通じて感じるのは<強い女性>だ。我慢強い、逆境に強い、自分の弱さに強いという意味合いの強さである。幸あれと願わずにはいられない。
端から見ればごく普通に暮らしている人々も、何かしらの事情を抱えている。それをぼやくか、諦めるか、直視するか。人の気持ちはこんなにも不確かで危なっかしいものだということを突きつけられたような気がした。
注目を集め始めた桜木紫乃という作家の人気枠には今ならまだ空間がある。この作品を読んで、ぜひ空いている席にすべり込んで欲しい。
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- 銀座・教文館 吉江美香
- 創業127年を迎える小社の歴史のなかでその4分の1余に在職してるなんて恥ずかしくて言えやしないので5歳から働いていることにしてください。好きな人(もの)はカズオ・イシグロ、木内昇、吉田健一、ルーカス・クラナハ、市川左團次、UKロック、クリミナル・マインド、文房具、生け花。でもやっぱり本がいちばん好きかな。