『かのこちゃんとマドレーヌ夫人』万城目学

●今回の書評担当者●銀座・教文館 吉江美香

  • かのこちゃんとマドレーヌ夫人 (角川文庫)
  • 『かのこちゃんとマドレーヌ夫人 (角川文庫)』
    万城目 学
    KADOKAWA
    514円(税込)
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 万城目作品を読むとき、最初のページをめくる瞬間からその指先がもう面白さを予感している。今度は何をやらかしてくれるのかな、とわくわくせずにはいられない。

 奇想天外な設定をストーリーにぴったりはめ込むスゴ技を次々と繰り出すこの物語作家は確実に人をしあわせにする話を提供してくれる。

 主人公は小学1年生の、かのこちゃん。(名前の由来に鹿登場!)
 その年齢で持ちうる総ての智恵と勇気と優しさを発揮して夢中で猛進する日々が余すところなく鮮やかに描かれる。

 好奇心のかたまりである年頃に相応しくあれにもこれにも興味津々、毎日が新発見の連続である。嬉しいこと、悲しいことを全身で受け止めて「自分で考えて行動する術」を学んでいくかのこちゃんのなんと愛しいこと!

 そして飼い猫のマドレーヌはかのこちゃんのもう一人のセンセイ。2人の間に会話は成立しなくとも、この賢い愛猫はかのこちゃんをきちんと導いてくれる。

 猫のマドレーヌと犬の玄三郎は何を隠そう夫婦なのである。それゆえ猫仲間から「夫人」と呼ばれているのだ。犬と猫が夫婦ですよ?!でもこの発想こそが万城目なのですよね~。うははと笑いながらも「似合いの夫婦だ」と納得せざるをえない。そして夫人の聡明さと健気さ言ったら!しかも猫の気高さと自由奔放さも兼ね備えているのだから、かのこちゃん同様に無敵なのである。夫のためなら、猫仲間のためなら......という強い一念だけで人間にのり移って孤軍奮闘する姿は神々しいと言ってもいいかもしれない。

 やっとやっと仲良くなれた一番の友達すずちゃんの転校は、かのこちゃんにとってとてつもない大きな悲しい出来事。二人が最後に交わす「大人のお別れの会話」はユーモアあふれるやりとりだからこそ寂しさが募る。

 このまま二人は縁遠くなってしまうかもしれない。でもあの日あの時、確かに彼女たちは紛れもない「ふんけーの友」だったことに間違いはない。

 かのこちゃんがお父さんやお母さんと交わす会話や日常の諸事にも何気なく鋭い観察力が行き届いている。ゴリラじゃない豪雨(かのこちゃんはゲリラがすぐに言葉に出てこないのだ)でお母さんが洗濯物を取り込む場面で、かのこちゃんが頭や首に洗濯物をいっぱいかけて運ぶ姿はきっとタオルおばけのようなのだろうなと想像がつく。ぱっと読み流してしまうようなところまで丁寧にかわいいエピソードがふんだんに盛り込まれている。

 指しゃぶりをやめたとき、歯が抜けたとき、友との別れ、愛犬の死。たくさんの想いが詰まった出来事はそのたびにかのこちゃんの心をさらに豊かにし益々「知恵は啓かれ」、小さな女の子に頼もしささえ感じてしまう。

 これらがあったから、マドレーヌの首輪を自分の手で外すまでになったんだなぁ、すごいね、かのこちゃん!

 肩にポシェットをかけてデジカメを持って猫を必死で追いかけているオンナノコを見かけたらそれがアナタの街のかのこちゃんかもしれない。

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銀座・教文館 吉江美香
銀座・教文館 吉江美香
創業127年を迎える小社の歴史のなかでその4分の1余に在職してるなんて恥ずかしくて言えやしないので5歳から働いていることにしてください。好きな人(もの)はカズオ・イシグロ、木内昇、吉田健一、ルーカス・クラナハ、市川左團次、UKロック、クリミナル・マインド、文房具、生け花。でもやっぱり本がいちばん好きかな。