日常学事始

『日常学事始』は書籍になります。

ここちよい日常って何だろう? 東京・高円寺暮らしのライターが自らの経験をもとに綴る、 衣食住のちょっとしたコツとたのしみ。 怠け者のたけの快適コラム集。
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第3回 卵の基本レッスン

 若いころ、それなりに貧乏な暮らしをしていた。自炊をするようになったのも、なるべく生活費を抑えたいというのが最大の理由だった。
 自炊をするようになって、いちばん頼りにしているのが卵だ。いつの時代も卵は庶民の味方、物価の優等生、献立の切り札といわれる食材の王様です。

 二十代のころは、常にスーパーで最安値の十玉で百円~百二十円くらいの卵を買っていた。それだって、料理しだいではおいしくなる。ただ、ひとり暮らしの場合、卵十玉って、けっこう消費に追われる。「二、三日でなくなっちゃうよ」という人は、おそらく食いすぎです。すこし控えたほうがいいでしょう。

 わたしはふたり暮らしですが、今は六玉のパックを買って、残り一玉か二玉になると、新しいの卵を買うようにしています。六玉の卵の中でも最安値のものではなく、殻の大きくて黄身がしっかりした百五十円くらいのものを買っている。
 やっぱり、新鮮な卵のほうがうまいし、安心だからね。卵のパックに表示されている賞味期限は、生で食えるかどうかの期限であり、焼いたり茹でたりするのであれば、すこしくらい期限切れになっても問題ないのだが、そのへんのことは各自の判断におまかせしたい。

 殻を割った瞬間、黄身がしっかりした卵だとうれしい。それだけで今日一日幸せな気分になる。
 十玉で百円の卵と六玉で百五十円の卵は一玉あたりの差は十五円。贅沢といえば、贅沢かもしれない。「なんだよ、富裕層気取りかよ」という批判は甘じて受けましょう。
 しかし牛丼屋で卵をつけたら、一玉五十円か六十円でしょ。それに比べたら、十五円の差なんて、どうってことない。

 もし牛肉や豚肉のブランド肉だったら、庶民価格の肉の値段の倍ではきかない。
 百グラム百円の豚肉と二百円の豚肉の差は、そんなにあるかといえば、あるかもしれないけど、わたしにはわからない。はっきりと「これはちがう!」というくらい良質な肉を食べようとおもったら、価格差は百グラム百円や二百円ではすまないだろう。
 ところが、卵なら一玉あたり十円、十五円くらいのちがいで「今、おれはすごい贅沢な暮らしをしている」という達成感が味わえるのだ(たぶん個人差はあります)。

 といっても、わたしがスーパーの最安値ではない卵を卒業したのはそんなに昔のことではない。
 二〇一一年三月、東日本大震災後、これまで買っていた卵が入荷されなくなり、そのかわりに静岡や三重、九州の卵が棚に並ぶようになった。
 原発事故の影響もある。
 そのころ牛乳もこれまでは売っていなかった西日本の牛乳が棚に並ぶようになった。すこしくらい値段は高くても、安心できるものが食いたい。当時のわたしはそう考えていた(今はその気持はかなり薄らいでしまったのだが......)。

 その結果、それなりの値段がする卵はうまいことに気づいた。さらにいい卵をつかうと、料理も楽しくなる。

 とりあえず、料理初心者は卵焼きを作ってみるといいかもしれない。
 フライパンに油もしくはバターをひく。
 卵焼きは、強火で一気に焼く派と中火か弱火でゆっくり焼く派があるが、わたしは中火派だ。
 中火でフライパンの上でといた卵を菜箸などでかきまぜながら焼く。そうすると端のほうから固まってきて、中心部のほうがトロトロになり、そのままかきまぜ続けると、ふんわりとした卵焼きができる。

 わたしは卵と同じくらい豆腐が好きなのだが、豆腐がちょっと余ったら、ぐちゃぐちゃにしてといた卵にいれる。豆腐入り卵を菜箸でかきまぜながら焼くと、すくない卵で大き目の卵焼きができる。
 たとえば、卵が一玉しかないときは、豆腐(五十~六十グラムくらい)をまぜてかさましすると、二玉分くらいの卵焼きになる。豆腐の量は適当で大丈夫。正解なんてありません。

 それからとき卵をきれいに作るには、よくかきまぜた卵に温かいみそ汁やうどんのつゆなどをすこし足してから、ゆっくりと細い糸をたらし、ぐるぐるとうずまきを描くかんじ(菜箸で調節するといい)で、沸騰する手前くらいの温度のつゆにいれるとあまり失敗しないとおもいます。冷蔵庫に入っていた卵は冷たいので、一気にいれると、つゆの温度が下がって、それでうまく固まらない。とにかくゆっくりいれるのがコツです。

 あと初心者向けの卵料理といえば、ゆで卵かな。しかしゆで卵はなかなか奥が深いですぞ。
 理想のゆで卵――個人の好みにもよるのだけど、卵を何分ゆでるかで、半熟から固ゆでまで、いろいろ変わってくる。

 羽海野チカの『3月のライオン』(八巻、白泉社)を読んでいたら「究極の半熟玉子」を作る場面があった。『3月のライオン』は将棋漫画なのだが、和菓子屋を営む川本家では料理(庶民派)のシーンも多い。

《常に安定したとろみの半熟玉子を食卓へのせる為に 我々がいったいどれだけの研究を重ねて来たか!!》

 川本家のちゃぶ台の上には六分~九分とそれぞれゆで時間のちがう半熟玉子が並んでいる(これはわたしもやったことがある。すごく楽しいです)。

 では、「究極の半熟玉子」のゆで時間は何分でしょう?
......答えは八巻の七十七頁を読んでください。
 さらに次の頁に「川本家 半熟玉子 絶対成功マニュアル」という解説も付いていて、すごく参考になります。

 あとこれは料理全般にいえることだが、初心者のうちはあまりいろいろなメニューに挑戦するより短期間に同じものを作り続けるほうが上達しやすいとおもう。
 失敗したら、次の日も作る。たぶん、いつかはうまく作れるようになります。三回くらい続けて、うまくできるようになったら、自信を持って、得意料理といっていいでしょう。以上です。