第16回 喫茶去 一芯二葉・保坂さんに聞くお茶の楽しみ[前編]

今回はいつもとちょっと趣向をかえて、お茶の達人に話をうかがう特別編をお送りします。ご登場いただいたのは、池澤さんが通う東京・杉並のカフェ・一芯二葉の店主・保坂拓さん。季節ごとに旬の中国茶や紅茶が楽しめる一芯二葉は、知る人ぞ知る有名店です。お茶にハマったきっかけは? お茶の仕入れ方やおいしい飲みかたは? 保坂さんにお話をうかがいました。


◎一芯二葉のはじまり

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池澤 お店はいま何年目ですか?
保坂拓(以下、保坂) ちょうど4年たったところです。
池澤 以前はどんなお仕事をされていたんですか?
保坂 お茶の専門店に務めていて、それから独立しました。
池澤 そもそも中国茶との最初の出会いは?
保坂 岩茶(*注1)を淹れて飲んだのが最初です。実はもともとは紅茶からこの世界に入ったんです。子どものときから紅茶が好きで、「せっかく仕事を探すならお茶にかかわるものを」と思ってたんですね。
池澤 好きなことを仕事にしたいと。どちらのお店にいらしたんですか?
保坂 某お茶の専門店です。
池澤 そのお店にも中国茶の品揃えがあったとか。私の場合は、最初に中級評茶員の資格をとって、次に中級茶芸師、高級評茶員の資格をとりました。そこから「せっかくなら」ということでティーアドバイザーの資格も取り......という感じ。
保坂 いろいろな資格を持っておられるんですね。
池澤 お茶にまつわることを、あれもこれもやってみたかったんです。


◎中国茶は一期一会

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池澤 中国茶って一期一会ですよね。「この年にこの畑でこの人が作ったもの」は二度とできない。それにくらべると紅茶は一部の農園のもの以外、製品として安定している。その点で、中国茶と紅茶には「作品」と「商品」の違いがあると思います。中国茶に魅力を感じられたのは、どういうところですか?
保坂 紅茶と中国茶とで「どちらがどう違う」という感覚はあまりないんです。最初はそれぞれ別物だと思ってましたけど、しだいに境目を感じなくなりました。というのも、お店でいろいろなお茶を扱ううちに、「中国茶も面白いな」と入り込んでいく。すると、そこから今度は「紅茶ってこういうものだったのか」という思わぬ発見があったんです。それからは、作り方や淹れ方は違っても、同じ「お茶」という一つのものとして見るようになりました。
池澤 表参道の「遊茶」の藤井代表は、「碧螺春(*注2)を飲んだときに衝撃を受けて、そこから一気にハマった」とおっしゃってました。
保坂 碧螺春は特別なお茶ですね。
池澤 ものすごく繊細な味です。ご自身で飲んで驚かれた中国茶はありますか?
保坂 私は烏龍茶から入ったんですけど、単欉(*注3)のお茶を飲んだときには「あっ」と思いました。日本人って烏龍茶というとサントリーのイメージが強いですけど(笑)。本当の烏龍茶を飲んだことがない人がほとんどだと思うんです。私もそうで、そんなとき単欉のお茶を飲んで、「これが本物なのか」と。そこからですね。
池澤 お茶について、どちらかで勉強されたんですか?
保坂 特にはしてないんです。
池澤 じゃあ実践で学ばれたんですね。
保坂 くわしい方からお話を聞くことはありましたが。お手前を見せてもらったり。でも基本的には自分で何度も淹れることで学びました。あとは台湾に買い付けに行って、そこでお茶を作る方や仕入れて販売する方が淹れているようすをジーッと見たりして。
池澤 結局そこなんだという気がします。私も大学で一日13時間ぐらいお茶を勉強したんですけど、やっぱりいつも飲んでいる人にはかなわない。お茶の先生には、「お茶について勉強することはできるけれども、もっと深く知りたかったら千回淹れなさい。千回淹れたらちょっとだけお茶のことがわかるよ」と言われました。でもふつうに生活する中で、一人で千回淹れることはなかなかできないですよね。だから、お茶とかかわっている人の話を聞いてみたいと思ったんです。


◎台湾へ買い付けに

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池澤 台湾にはよく行かれますか?
保坂 先日行って、帰ってきたばかりです。今年は梨山(*注4)と阿里山(*注5)へ行きました。梨山はバスで山を延々登ったところにあって、標高が軽く2000mを超えるような場所。お茶だけでなくて、それが生まれる土地がどんな場所なのか知りたくて行ってきました。一口に梨山といっても、梨山という大きなエリアの中に梨山があり大禹嶺がありと、いろいろあるんですよ。今回はそれぞれの土地のようすや「どっちの山がどれくらい高いか」という話を具体的に聞くことができたのが収穫でしたね。ただお茶を飲んでいるだけではわからない部分ですから。
池澤 台湾にはどのぐらい行かれてますか?
保坂 毎年1回。いつも春に行きます。
池澤 そういうときは飛び込みで行くんですか? それとも誰かのご紹介を持って?
保坂 最初は人づてで、そこからだんだん広げていくやり方です。お茶関係の人に紹介してもらったり、イベントで知り合った人に連絡して「今度行っていい?」って頼んだり。
池澤 私も台湾がすごく好きで、これまでに40回ぐらい行ってます。農園まではさすがに行けてないですが、茶問屋さんや、お茶を作っているメーカーがやっている茶館には行きました。もしそこから先に行きたいという場合、いきなり訪ねて行っても邪険にされないものですか?
保坂 なかには飛び込みで行って見て来たという人もいますよ。台湾は気さくな方が多いですから。ただ、タイミングにもよると思いますね。メチャメチャいそがしい春茶の時期に行くと、さすがに「無理」と言われそう。
池澤 「いま作ってるんですけど!」って(笑)。
保坂 そういう時期でなければ、「せっかくだし見ていきなよ」と言ってもらえるんじゃないかな。つきあいのあるお茶問屋さんに紹介してもらえば、気軽に行けると思います。「この時期なら来ていいよ」って教えてもらえますし。
池澤 農家さんで買う場合、どのぐらいから売ってもらえるんですか?
保坂 うちみたいにお店をやっている人間なら、量について「いくらから」とは言われないですね。もちろんいっぱい買うんですけどね。ただ今回梨山に行ったときは、ほかで買いすぎたせいであまり買いませんでした(笑)。でも1斤とか半斤ぐらいでも買えるんじゃないですか。
池澤 それくらいでも売ってくれるんですね。
保坂 買えると思います。


◎梨山の茶農家

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池澤 一度梨山にも行ってみたいと思ってるんです。
保坂 行くのは大変ですよ。高い山に茶農家さんが点々とあって、しかも工場と畑が離れていたりする。なので、飛び込みだと見学はたぶん無理ですね。坪林(*注6)だったら、台北市内から車でパッと行けちゃうけど。
池澤 そのへんは行ったことがあります。
保坂 阿里山も山だけど、こちらは梨山と違って、途中に茶農家さんがたくさんあるから、降りて訪ねれば見せてくれると思います。
池澤 とはいえ、一応ご紹介はしてもらったほうがよさそうですね(笑)。主に行かれるのは台湾ですか? 中国大陸には?
保坂 大陸には行ったことがないんです。つてがないので、飛び込みで行く勇気がなくて。でも、先日お客さまで大陸にくわしい方が来られて「今度一緒に行こう」って言ってもらえたので、次に来られたら相談させてもらおうと思ってます。
池澤 台湾はお茶の葉っぱにいいものが揃ってる気がするんですが、中国は本当にピンキリで、キリのほうが凄まじかった。「これを売ってしまうんですか?」と思ったぐらい。もちろんすばらしいものはあるんですけど、探すのがたいへんそう。
保坂 いきなり行ってそういういいお茶が買えるとは思えないですよね。
池澤 たぶん出してもらえないと思います。私はキームン(*注7)の工場に行ったんですが、やっぱりいいお茶は出してもらえませんでした。「これより上の等級のお茶は?」とたずねると、「政府に献上するものなので出せない」「上から3番目より下じゃないと出せない」と。
保坂 僕は、以前知り合いに「ラプサンスーチョンがほしいんだけど」と頼んだことがあって、そのときは知り合いのつながりで特級を売ってもらえました。それを考えても、飛び込みで行くより、事前に話をしてから行ったほうがいいものを買えますね。
池澤 人のつながりが大事。
保坂 紅茶については地理的に遠いので難しいけど、中国大陸なら気軽に行けます。でも茶農家さんとつながりがないといいものは買えない。だから、そこは間に人を介して広げていく。4年店を続けるうちにそれができるようになりましたね。
(後編につづく)

喫茶去 一芯二葉
東京都杉並区西荻北3-31-13-103
営業時間 12:00~20:00
定休日 火(臨時休業あり)

*注
1/岩茶
 中国武夷山を産地とする烏龍茶。急峻な岩肌に茶樹がしがみつくように生えていることから、この名前がついた。
2/碧螺春
 中国緑茶。詳しくは、この連載第9回を参照のこと。
3/単欉
 単欉とは、一本の木という意味。単独の木から採れた茶葉のみを使い、ブレンドをしない。ゆえによりその茶樹の個性がはっきりでたものになる。中国の鳳凰山を産地とする鳳凰単欉など。
4/梨山
 台湾の真ん中あたりにある山の名前、台湾で一番海抜が高いお茶の産地。
5/阿里山
 台湾中部にある地域の名前、昔は「新高山」という名前でした。ここも美味しい高山茶、そして最近では珈琲で有名に。実は、このお話を聞いた後、台湾に行ってこの阿里山の茶農家兼民宿に泊まらせていただきました。そのお話も、おいおい。
6/坪林
 台北からも比較的近いお茶の産地。包種茶が有名。
7/キームン
 世界三大紅茶の一つ、と言われる紅茶。詳しくは、この連載第11回を参照のこと。