第21回 黒茶のお話

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 最初の頃に、中国茶には六種類あるよ、とご紹介いたしました。その六種類の違いは、酸化発酵の度合いと製法だよ、と。
 その中でも、緑茶、紅茶、黄茶、白茶、青茶と、今回取り上げる黒茶は大きく違います。
 前者は酸化発酵。殺青という、熱で酵素の働きを止める工程を経たあとは、もう変化をしないお茶。
 でも、黒茶だけは後発酵茶なのです。なので、エイジングをするお茶。
 ワインのようなお茶、と思っていただくといいかも。

 黒茶といえば、代表的なのは普洱茶ですが、他にも実はいろいろな種類があります。六堡茶や唐磚茶、茯茶など。日本でも徳島県で作られる阿波番茶、高知県で作られる碁石茶は黒茶です。
 一番多く生産しているのは湖南省、続いて雲南省。消費しているのは、主に中国の少数民族。一人あたり年に3kg~5kgのお茶を飲みます(日本では1kg/年)。
 どうしてそんなにお茶を飲むのか。いろいろな理由があります。病気を防ぐため。肉食なので、脂分を流すため。野菜がとれないので、お茶で補うため(といっても黒茶はあまりビタミンを含んでいません。その分は量で補うのかな)。水が美味しくないから。上記のような理由から、政府からお茶を買うためのお金の補填もあります(95%とも!!)

 作られるお茶は、形も、手法も様々。
 大葉種という、大きな茶葉を使い、まずは普通のお茶のように、萎凋→殺青→揉捻→日光乾燥を経て、晒青毛茶を作ります。毛茶とは、荒茶、まだ精製していない、お茶の原料となるものです。
 この毛茶を、蒸気と圧力をかけて成形し、乾燥させたものが、生茶。なので生茶は、緑や白っぽい色から、熟成度合いによって茶色、黒まで。お茶の味わいも、年月によってどんどん変化していきます。
 生茶以外の黒茶は、茶葉を2mほどの山に積み上げ、少しずつ水をかけながら、麹黴による微生物発酵を促します。なんて聞くと、腐ったり黴びたりするんじゃないか、って心配でしょ? でも、発酵による熱で他の菌は淘汰されちゃうんです。麹黴が既に黴ですしね。古い良い工場には、お酒や味噌のように、良い酵母や麹菌が住み着いていて、そこでしか醸し出せない風味があるんですって。
 30~45日かけて、山を作っては、熱が上がり過ぎないよう、不均等にならないように翻堆(山を崩すこと)し、水をかけ、また山に積み、という作業を繰り返します。この間に、クロロフィルが壊され、緑の葉っぱは黒色になってゆきます。同時に、ポリフェノールがゆっくりと酸化し、そこに含まれるカテキンが取り除かれ、渋味や苦味がない飲みやすいお茶になります。
 渥堆の後は、乾燥。そのまま仕上げたものは、熟茶の散茶。
 そこから圧造成形したものは、熟茶の緊圧茶となります。円盤状の餅茶、分厚いお椀のような形の沱茶、正方形だったり長方形だったりする磚茶、きのこの形の緊茶などなど。
 ふわっとして嵩張る散茶よりも、ぎゅっと押し固められた緊圧茶の方が、保存や持ち運びに適しているので、独特の塊のお茶が生まれました。
 700~800年の歴史を持つ生茶に対し(それでもお茶の中では新参者)、渥堆を施す熟茶は比較的最近、1960年台から作られるようになったんです。それまで、黒茶は生茶が主でした。でも、需要が増え、経年熟成が必要な生茶では生産が追いつかなくなってきたことから、人工的に発酵を促す渥堆という手法が研究されるように。
 で、この陳年生茶、中国の富裕層が投機対象にしたことから、数年前にとんでもない値段に。今はだいぶ落ち着いているのですが、それにともなって偽物が多く出まわっています。年代物のプーアル茶には、ラベルや包み紙がついており、そこに押された判や印刷が時代判定の基準になるのですが、これもまたあの手この手でレプリカが......七子餅茶という七枚一包の餅茶、一番上だけ本物であとは偽物、とか。プーアル茶界、ギラギラした目の魔物が住み着いている、ちょっと怖い世界なんです。
 なんて聞くと、ちょっと二の足を踏んじゃうでしょ? でも良いお茶を適切な価格で買うのは簡単。信頼できるお店、信頼できる茶商さんを見つけること。これだけなのです(ちなみに時々言われる「プーアル茶って、黴臭くて美味しくない」。はい、それは、黴です。残念ながら、正しくない製法、正しくない保存方法の、質の悪いお茶なのです)。
 美味しいプーアル茶の、どこまでいっても渋くも苦くもならない、時間を液体にしたような味わい。体の中から、余分な力みやこわばりが抜けて、その隙間にお茶がゆるゆると染み渡っていきます。私は大きなポットに砕いた茶葉を入れ、お湯を継ぎ足し継ぎ足し、一日中ゆっくり飲むのが好き。最後はじっくり煮だして、ミルクプーアルにするのも美味しいんですよ。
 まろやかで、甘味と丸みがあって、ため息の出るようなお茶に出会ったら、もう否応なく黒茶の虜。
 黒茶は、お茶好きが最後にたどり着く(そしてそのまま骨を埋める)桃源郷なのです。