第35回 陸羽様の書いた「茶経」のこと

 陸羽様、生涯の集大成、そして世紀の名著が、あまりにも有名な一文「茶者、南方之嘉木也」(お茶は南方の優れた木だよ)から始まる「茶経」でした。全人類暗記必須のこの書き出し。
 「茶経」は全十巻。それぞれ、こんな内容となっております。ものすごい抄訳&意訳なので、陸羽さんに怒られそうですが......。

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第1巻:お茶の樹に関するお話

 お茶は南にある優れた木で、木の幹は瓜蘆(苦丁茶の原料となるモチノキ科Ilex kudingcha)に似ていて、葉はクチナシみたい、花は白薔薇、実はシュロ、蔕(がく)は丁香、根はクルミっぽい。
 もし熱があって、喉が渇いてて、胸がもやもやして、頭痛がしたり、目がしばしばしたり、手足がだるかったり、節々がぎくしゃくするときは、お茶を四・五口どうぞ、醍醐(乳製品から作った、なんだか凄い美味しいらしいもの)や甘露にも負けない美味しさだよ。
 あ、でも、採る時期を間違ったり、作り方が悪かったり、他の葉を混ぜたりすると、逆に病気になるからね。
 いろいろ良い効能もあるけれど、あの体にいい人参だって飲み方によっては病気を引き起こすこともあるんだから、お茶も飲み方次第だよ。

 第2巻:お茶を作る道具のお話
 籝(カゴのこと。人生で一番難しい漢字を見たかもしれない)はお茶を摘む人が背負うもの。
 竈は煙突がないもの。
 釜は羽がついてるやつ。
 甑(こしき。お米を蒸すための土器、蒸籠)は木か焼き物。
 と、延々とお茶を作る道具について語っておられます。これでもか、と。
 
 第3巻:お茶を作るお話
 お茶を摘むのは、二月、三月、四月の間。タケノコみたいな芽を、朝露がついているうちに採るのがいい。でも雨が降ったり、晴れてても雲が出てる日は駄目。
 お茶には千も万もの形があるよ。おおざっぱに言えば、胡人の靴みたいなの、野牛の胸みたいなの、浮き雲が山から出たようなの、開墾した土地みたいなの、タケノコの皮みたいなの、霜に当たった蓮みたいなの(陸羽様、ちっともわかりません。ソムリエが「濡れた犬の香り」って言うようなものかしら)。
 黒光りしてぺったんこならば良いという人は、鑑定士としては下。
 皺々で、黄ばんでて、でこぼこのなら良いという人は、鑑定士としては中。
 全部良い、全部良くない、という人は、鑑定士としては上。
 だって、作り方次第だからね。こればっかりは一つ一つ見て判断するしかないことだよ。

 第4巻:お茶を飲むための道具のお話
 まずは風炉。これは銅や鉄で作った、お湯を沸かすための道具。厚さや大きさ、足の数、模様、いろいろと決まりがあるけど、それぞれに意味がある。
 筥は竹で編んだ箱のような器。籐や木で作ったものもある。
 夾は青竹で作った、お茶をいるための道具。火で炙ると、青竹の香りがお茶に移って良い。
 紙嚢は白く厚い紙を袋状に縫ったもの。炙ったお茶はこの中で保存しておけば、香りが飛ばない。
 と、言うように、実に27種類もの道具が詳細に紹介されています。これを見るに、陸羽様、けっこうオタク......。

 第5巻:お茶を点てるときに気をつけるべきこと
 これまた細かい陸羽様。燃えさしは駄目、温度のムラができる、炭が良いけど桑、槐(えんじゅ)、桐、櫪(くぬぎ)のしっかりとした薪でも可、と言った火のおこし方から、お茶の炙り方、そしてとても大事な水の選び方まで。
 お水は山の水が一番上等、次は川の水、井戸の水は下。でも山水も、泉や池の緩やかに流れるものは良いけれど、ざぶざぶ流れる急流の水は駄目。井戸の水も、良くわき出ているものを使うこと。お魚の目のようで、かすかに音が聞こえるのが一番いい。ぽこぽこと珠のようにわき出るのは二番目に、波打つほど勢いが良いものは三番目。これ以上は、水が老けているから飲んではいけない。
 確かに、今お茶をいれるときも、汲み立ての、酸素がいっぱい含まれた新鮮なお水を使うのが良いとされていますものね。

 第6巻:お茶の飲み方
 喉が渇いてたら重湯を飲めばいいし、気分がふさいだりいらいらするときはお酒を、でも眠気覚ましにはお茶が一番。
 お茶の飲み方で駄目なもの9つ。曇りの日に採って、夜炙ったものはお茶作りとしては駄目。噛んで味を見たり、香りを嗅ぐのは鑑別として駄目(とすると、どうしたら良いのだろう?)。油っぽかったり生臭い器は駄目(これは食用と飲用の器を分けよう、という今だと当たり前だけど、この頃はなかなか新しい意見)。湿った薪や料理用の炭は火としては駄目。急流や貯まってる水は駄目。外だけ火が通って中が半生な炙り方は駄目。緑の粉みたいになってたり、褪せて崩れてるものはお茶の葉として駄目。むやみにかき混ぜたり、慌ただしく混ぜたものは駄目。夏に飲み始め、冬にやめるような飲み方は駄目。
 お客様が五人いるときは碗の数は三つ、七人なら五つ、六人いるときはいくつでもいい(喧嘩にならないのかしら?)。

 第7巻:お茶の資料のお話
 神農様から、周公旦、晏嬰、丹丘之子と黃山君......ずらずら~っとお茶にまつわる偉い人たちを並べ、続いてお茶のことを書いた書と、それぞれからの引用を。ここぞとばかり博覧強記っぷりを見せつける陸羽様。
 茶経の中で、この巻が一番長いんです。陸羽様、がんばっていっぱい研究したんですねぇ。

 第8巻:お茶の産地のお話
 ずらずらずら~っと、中国の地名が並びます。今のお茶の産地と比べてみたら面白そうですね。

 第9巻:これはなくてもいいかな、と思う器具
 第4巻で飛ばしすぎたことを後悔したのか、ここに来て省略しても良い道具を上げる陸羽様。ただし、お城の中や貴族のお屋敷では、24あるお道具のうちの一つでも欠けたら、お茶いれちゃ駄目だからね!!と、デレツンっぷりを最後に見せる陸羽様。

 第10巻:この本を書き出して、お茶の席にかけておくといいと思う
 四幅か六幅の絹の布に書いてね、お茶の席にかけておけば大事なこと、全部わかるから、と陸羽さん、自画自賛。この項目だけ64文字しかない......実に第7巻の130分の一。この巻必要かなぁ、と思うけど、全9巻よりは全10巻の方が収まりが良いですものね。

 というように、陸羽様のお茶オタクっぷりと、今に通じるお茶の知識がみっちりと。
 全十巻と言っても、けして長いものではないので、興味を持たれた方はぜひ、講談社から出ている布目潮渢先生の名著「茶経 全訳注」などで通読してみることをおすすめいたします。陸羽様もお墓から飛び起きて熱々の茶をかけに来るレベルの私の意訳より、遙かに正確でわかりやすいので......。