9月11日(金)

水時計 (創元推理文庫)
『水時計 (創元推理文庫)』
ジム・ケリー
東京創元社
1,134円(税込)
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トムは真夜中の庭で (岩波少年文庫 (041))
『トムは真夜中の庭で (岩波少年文庫 (041))』
フィリパ・ピアス
岩波書店
756円(税込)
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 ジム・ケリー『水時計』(創元推理文庫)の解説(杉江松恋)が素晴らしい。このデビュー作は実在の都市イーリーを舞台にした作品だが、「読みながら、ずっと町の名前が気になっていた」と言うのである。

「イーリー、イーリー、どこかで読むか、聞くかした名前だね、イーリー。気になったのでちょっと調べてみたのである」

 と杉江松恋は、その解説の冒頭で書いている。その段階では、ふーんと思っていた。イーリーはイングランド東部の州ケンブリッジシャーにある人口一万強の小さな都市で、グレート・ウーズ川のほとりに位置している。市にはシンボルがあり、それがイーリー大聖堂。六七三年に建てられた修道院を起源とする古いもので、現存の建築物はだいたい一四世紀頃までに完成したものであるそうだ。で、こう続いている。

「ここまで書いて、ようやく思い当たった。イーリーの大聖堂? そうだ、イーリーといえば、フィリパ・ピアス『トムは真夜中の庭で』(岩波少年文庫)じゃないか」

 いやあ、驚いた。ここで突然、児童文学の名作が出てくるとは思ってもいなかった。今江祥智『子どもの国からの挨拶』(晶文社/一九七二年刊)を読んで児童文学の面白さを知り、当時新宿マイシティの上のほうの階にあった山下書店(児童文学の専門書店のころだ)に日参して、手当たり次第に読み漁っていたころに愛読した小説である。それからしばらくして、あずまひでおが「ママの涙」という傑作短編マンガで下敷きにしたこともある(違ったっけ?)。

 ようするに三〇年以上も前に読んだ小説だ。「川面をスケートで滑るくだりの、楽しい記述を記憶している読者も多いはずである」と杉江松恋は書いているが、たしかに私もそのスケートの場面は覚えている。たしか、その場面の挿絵もあったはずだ。しかしそれがイーリーを流れる川だとは知らなかった。トム少年が不思議な出会いをした少女ハティと、イーリー大聖堂の塔にのぼる場面もあるらしいのだが、そうだったんですか。

 で、この『水時計』という小説も、その川遊びのスケートが発端になる小説だ、と解説は続いていく。ようするに、この『トムは真夜中の庭で』に言及するのは解説の枕に当たる部分だが、見事な掴みといっていい。他のミステリーの書名が出てくるのならともかく、児童文学が飛び出てくるとは意外。つまり心の準備が出来ていない。だから、ぐらっとくる。「現代英国本格ミステリ」と表4にあるので、オレには関係ねえなと思っていたのだが、この枕だけで俄然読みたくなってくる。

 しかし、それとは別の話だが、『トムは真夜中の庭で』を読んだ人なら誰でも、イーリーと言われてぴんと来るんでしょうか。つまり、私の記憶力がひどすぎるのではなく、杉江松恋の記憶力がよすぎるのではないか、という疑いも捨てきれないのである。両方だったりして。